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ハウス加賀谷のありふれた人生

ブログ

『きらっといきる』(Eテレ)2月24日放送の「バリバラ2月号」のテーマは「統合失調症」。
番組冒頭で「統合失調症」とは

脳が神経のネットワークの働きを統合(うまくまとめることが)できなくなっている状態。
つまり統合が失調している状態が統合失調症
症状のひとつとして幻聴・妄想・幻覚があり、人によって症状が異なる。

と司会の山本シュウから説明された。
バラエティを通して統合失調症を理解してもらおうと番組が用意した企画は

統合失調症体験談
・お笑い研究部(統合失調症漫才&コント)
・幻聴妄想クイズ(統合失調症の幻聴・幻覚の世界を当事者がクイズで紹介)

という見る人によっては「不謹慎」と騒がれそうな突き抜けた内容。
そして統合失調症体験談を語るのは、お笑いコンビ松本ハウスハウス加賀谷だ。
ハウス加賀谷ヒストリー」と題されたその体験談は想像を上回る壮絶なものだった。


+ + + + +
小学校高学年までは秀才として有名な進学塾に通うほど周りから期待されていた加賀谷。
しかし、ある時塾の先生が加賀谷のノートを見てその異常さに気付く。
ノートが真っ黒だったのだ。

加賀谷: ノートって見開きがあるじゃないですか。そこにメモってこう書くわけですよ。書いて、(次のページを)めくらないで隙間から書いていくんですよ。それでも飽きたらず、その上から書いていくから、ページが真っ黒になっちゃうんですよ。

加賀谷が使うのは見開き1ページだけだった。
塾の先生からそのことを知らされた母は加賀谷を心療内科に通わせるようになった。

加賀谷: よくある人生ですね!(笑)


中学になると『ビートたけしオールナイトニッポン』を聴き始め漫才に興味を持ち始めた加賀谷だったが、その頃から幻聴も聴こえ始めてしまう。

加賀谷: この辺からだんだんハッピーに上向いていくんですけど(笑)。

座ってボーッと授業聴いていても、後ろから悪口が聞こえてくる。「へへへへへ」と笑われている気がする。「給食食べ過ぎなんだよ!」というような罵倒が聞こえる。
おかしいと思い後ろを振り返るとそんなことを言ってる人はいない。
しかし、正面を向くとまた後ろからコソコソと声が聞こえる。で、また振り返ってもみんな何も言わずちゃんと授業を受けている。

加賀谷: もうね、「だるまさんが転んだ」状態ですよ!

幻聴だ、という自覚はなく「なにが起ってるか分からなかった」という。


高校へ入学する頃には幻覚まで見えるようになってしまった。

加賀谷: 廊下があるんですけど、それがバーーンっと波打ったんですよ。僕の背丈を超えるくらい。危ない、危ないって僕はスッとしゃがんだんですよ。でも、幻覚は止みませんでしたね。

その症状が悪化し程なくして高校を中退。グループホームのハウスで共同生活を始め社会復帰を目指し始める。
しかし、中学からのお笑い熱も持っていた加賀谷はお笑い事務所(大川興業)のオーディションを受け合格*1


1991年松本ハウス結成。
相方の松本キック述懐する。

キック: 最初思ったのは何なんだコイツは?ってことなんですよ。もう行動からしてなにかおかしいんですよ。挙動不審だし、普通に歩いてるのにフーン、フーーンって息が荒かったりとか。

しかしその「なんだコイツは?」というのが松本の面白さのツボをソソった。ある時、加賀谷が大量の薬を落としたことで「そういうことか」と悟ったキック。加賀谷も自分の病気を告白し理解されたのだという。
1996年頃の『ボキャブラ』ブームなどで脚光を浴び始める松本ハウス
だが、そんな脚光を浴びる前はやはり苦難があった。
ある番組にネタ見せに行った時のこと。そこのディレクターに「そこの坊主の子、ちょっと抑えてくれる?(抗議の)電話かかってきちゃうから」と言われたり、ある大きなコンテストライブではその審査員の中で一番偉い人に「障害者舞台に上げていいのか?」とまで言われた*2という。
それを乗り越え人気絶頂になった98年頃、病状が悪化する。

加賀谷: 当時4階に住んでたんですけど、4階の窓の向こうにお酒の看板があったんですよ、大きい。そこの看板にスナイパーが潜んでて、僕を狙ってるんですよ! これは困りましたね。窓ガラスが上半分は透明でした半分がすりガラスなんですよ。(した半分に)身を屈めて生活してて、明るいと撃たれるていうから、暗くしてただいまって帰ってきても電気を消したまま身を屈めて生活してて、部屋の隅で横になってモジモジしてるっていうような。この頃はもう……。


そして遂に99年活動を休止し入院。
閉鎖病棟の急性期病棟(一番具合の悪い人が入る病棟)に入れられる。
その頃の模様は「OG Vol.35」のインタビューにも詳しい。

加賀谷: 隔離病棟には分厚い鉄でできた鉄の扉があって、そこを開けると6人から8人で生活する大部屋のエリアがあって、その先にみんなでお話ししたりするリビングがあるんですよ。で、そのリビングを突っ切って少し歩くと、次は太い鉄格子付きのこれまた分厚い鉄で出来た扉があって、そこを開けると(急性期病棟の)保護室があるエリアなんです。
で、その保護室三畳くらいで、鉄格子の窓と鉄柵、布団にポータブルの便器、それしかない部屋ですね。扉は通路側にはノブがあるんですけど、内側にはノブがない(=中からは開けられない)んですよ。
   (「OG Vol.35」より)

そこにCCDカメラがあり、中の様子が映し出される。

加賀谷: 先生が保護室でボクの面談をやってくださってたんですけど、開けてあったはずの鉄の扉が何かの弾みでガチャーンって閉まったんですよ
−−−それは先生驚いちゃったんじゃないですか?
加賀谷: 先生の血の気がサーッて引いていくのがわかりましたもん。声にならない『おいちょっとこれヤベーよ』っていう声も聞こえましたね。で、先ほども説明しましたけど、基本的保護室って内側から鉄の扉を開けることができなくて、しかもガンガン扉を叩いて『開けてくれぇぇぇっ』って言っても、そんなんじゃ誰もこないんです。なぜならモニターが管理室みたいなところにあって、部屋の天上にCCDカメラがあって、それで患者を監視してるんです。
−−− じゃあすぐに係の人がやってくるんで安心じゃないですか?
加賀谷: いや、ボクはちょっとした悪戯心でカメラの位置をずらしておいたんですよ。
−−−アハハハハ!
加賀谷: 「先生もなんとか冷静を装って『あらら、扉が閉まってしまったね、まいったなぁ』とか余裕をブッこいてはいるんですけど、焦っているのはもう誰の目にもすぐにわかるって感じなんですよ。で、『先生ボクが誰か呼びましょうか』って言って『すいません!すいません!』って叫んだ後に『でもね先生、こんなんじゃ誰もきてくれないんですよねぇ……』ってニッコリと笑いかけるんです。
−−−うわぁ……、かなり恐いですねそれ(苦笑)
加賀谷: もっと脅してやろうと思って、先生の両肩にボクの両手をガツンと置いて、先生の肩を少し強めに握って『先生、もうボク大丈夫なんで退院させてくれませんかね……』ってまたニッコリと笑うんです。
−−−それ、先生はかなり身の危険を感じたでしょうね。
加賀谷: だって保護室に入ってる患者で、しかもボクは身体がデカいですし、恐いに決まってますよ。先生はだまって下向いちゃって(笑)。
   (「OG Vol.35」より)

やがて7ヶ月ほどで退院。
しかし、活動再開までは10年の間が必要だった。
退院後もしばらくは病気に悩まされ続けた加賀谷だったが2006年頃服用し始めた新薬で劇的に回復し始める。

加賀谷: 主戦力にしていた薬を別の新薬に移行し始めたんです。で、全部その別の新薬で固めたんですよ。言ってみれば「ショットガンフォーメイション」みたいなもんですよね(笑)。そうするとテキメンに。今までの寝てばっかりで外に出られなかったというのが、僕の場合ですよ、僕の場合だけなんですけど、すごく活動的になって。

そして2009年ついに活動再開。

キック: (他の相方を)考えた時期は正直一回はあったんですけど、なんかコイツ以外と組むのが考えられなかったんですね。漫才好きなんで漫才やりたいなとは思っといたんですけど、でもコイツとやってたおもしろさっていうのがどうしてもあったんで
加賀谷: 僕もそれは同じで、キックさんと一緒にやりたいと思ってたんですけどなかなか言えないんですよ。バツが悪いですし、かといって他の人と一緒にやろうとはまったく考えてなかったですね。それがムリだったらまあ、のんべんだらりんとって思ってましたね。キックさんはね、ケツの穴の大きい人ですよ!

今は「寛解状態」(症状が継続的に軽減した状態)。「お薬は飲んでるんですけど、それを飲んでいれば何も問題はありませんよっていう状態」だという。

加賀谷: (今の状態は)ごはんがおいしくてたまりません!(笑)

+ + + + +


松本ハウスはその後、統合失調症の症状をネタにした漫才を披露。
さらに番組は統合失調症患者の幻聴・幻覚や妄想の内容をクイズにした「幻聴妄想クイズ」を展開。
田中さんに見えている幻覚は何でしょうか?
などという大雑把過ぎるクイズが出題されていた。
司会の山本シュウが「こういった幻覚が見える方にどう接すればいいのか?」と問うと松本ハウスの二人だからこその説得力で答える。

加賀谷: 普通に構えているのが一番いいと思いますね。変な憶測とかイジワルな印象とかを取り払って普通に素直に聞いてあげれば別に(幻覚が)見えてる方も安心すると思いますね。
キック: すべてひっくるめてその人を受け入れてあげるっていう。

「見えてんのはおかしいよねーっていう否定は僕はあかんと思う」と番組案内役の玉木も追随する。

加賀谷: 基本としては「まあ、人生、そんなことあるよ!」って。
はっきり僕がシニカルに言うと、「よくある人生」なんですよ、僕の人生なんて。はっきり言って。なんでかっていうとみんなそれぞれの人生を一生懸命生きてるでしょ? からそれと同じなんですよ。
ただお前は統合失調症だったっていう。そこで同情されるとか気遣いをされすぎるのがイヤなんだと思いますね。


なお、この番組は3月2日12:00から再放送があります。
未見の方は是非!

*1:ちなみにオーディションのときに『どこから来たんだ』と聞かれて『ハウスです』と答えたのがきっかけでハウス加賀谷という芸名になる。

*2:「その後、自分らのがんばりで最終的にはその人からも認めてもらえるようにはなった」とキック。