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鶴瓶と鶴太郎


先日放送された「鶴の大広間」。通常の「鶴の間」独特の面白味こそ薄かったものの*1鶴瓶の芸人愛と芸人魂に満ちた大変面白い番組でした。


ところで、その「鶴の間」に対して以前書いた「漫才が生まれる瞬間」に関連して「昨日の風はどんなのだっけ?」さんが「なんで鶴瓶がBIG3に入らなかったのか?」という非常に示唆に富んだ記事を書かれていました。
で、改めてこの笑福亭鶴瓶というタレントとしての立ち位置の面白さを感じました。
彼の過去・現在・未来を分析することは、そのまま一級の"テレビタレント論"になるのではないでしょうか。
鶴瓶は「関西出身」「落語家」「局部露出事件」「俳優」「無学の会」「いじられキャラ」「悪瓶」「素人いじり」「笑ときゃいいねん」などなど現代のお笑いタレントを語る上で重要なキーワードがいくつも出てきます。あと、たけしさんやさんまさんのように完全に天下を獲っているわけではないことも重要な気がします。


例えば、そこに的外れな人選かもしれないけど片岡鶴太郎のような人の過去・現在・未来と比較することでその強度が相当増すように思います。
なんで鶴太郎なのか*2というと単に名前が似てるとかではなく、その歩んできた道のりが非常に対照的だからです。
僕にとってある時期まで鶴瓶と鶴太郎というのは、なんというか"同格"というイメージがありました。実際のお笑い界での序列がどうだったのかは分かりませんが少なくても一般的なお茶の間感覚でいえば僕と同様のイメージで捉えられていたんではないでしょうか。
例えば「いいとも」のピークのひとつともいえる90年代初期の月・火曜日は若手のダウンタウンウッチャンナンチャン、水曜日に片岡鶴太郎、木曜日に笑福亭鶴瓶、金曜日が明石家さんまというイメージが強く印象に残っていて、この5組がそのままお笑い界のトップランナーという感じでした。一方で、お笑いに疎かった(今でも詳しくはないけど)僕は、鶴瓶と鶴太郎をたまにごっちゃにしてしまう感じもありました。


そんな二人が今では一方で、誕生日特番を組まれるほどの立場になり、一方ではバラエティ番組に登場することがほとんどなくなり、サスペンスドラマ等の俳優や芸術家として活躍するようになっているというのは、(もともと本人の持つ資質や指向の違いももちろんあるのでしょうが)大変興味深くテレビタレント論として論考する価値のあるテーマだと、ホントは密かに思って、調べて記事にしようかと思ったのだけど、実際僕には彼らの歴史に対して何の知識も実感もないので出来ません。誰かここら辺りに詳しい方に是非書いていただきたいなぁ、と無責任に丸投げして終わりたいと思います。

*1:コンビ+鶴瓶という組み合わせのためどうしてももともと持つコンビの間に鶴瓶が合わせている感じになっていた

*2:最近全然見なかったのにここ数日立て続けに見かけて思いついた、という部分もあるのだけど。