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水野晴郎閣下の青春の日々


先日紹介した「オトナファミ」に水野晴朗の誕生から現在までを振り返ったインタビューが掲載されていた。
ハルオフリークには今更な話かもしれないが、個人的には初耳の話が多く、その偉業の数々に衝撃を受けたので、ここに書き留めておきたい。


・14歳の時、終戦を迎え、盗賊に襲われながらも、満州から故郷の岡山に帰国。母親を支えるため、新制高校には通えず、本屋、セールスマン、衣装屋、果物屋と貪欲に働く。しかし、勉強をしたいという思いが捨てきれず、同様の境遇の仲間達を集め、なんと自ら夜間高校を作るために立ち上がる
街中に手作りポスターを貼ったりあらゆる宣伝をし、スポンサーまで探した。そして、現在も残る高梁高校の創始者にして第1期生となる
・高校卒業後は国家公務員試験を受け、郵政省と大蔵省に合格。郵便局を選び就職。*1レコードが聞きたいという個人的な思いだけで、局の厚生課を説き伏せて社内で蓄音機を買わせたりしていた。
・映画「羅生門」をタダ観するために映画館に忍び込むも、あっさりバレてしまう。が、ここで「映画のチラシの原稿をタダで書いてやるから、タダで映画を見せろ」と、傍若無人な交渉を展開。それがなんと通ってしまう。さらに、別の映画館とも同様の交渉で映画をタダ観できるように。両方でバレないように「こっちの映画が面白い」と強烈な二枚舌を使っていた。
・その後、夜間高校時代の映画仲間とともに同好会を作り、地元映画館とのパイプを使って配給会社から映画を買い付け始める。劇場側に保証金を払い公開し、それ以上の利益が出た場合に、儲けが出るというシステムで成功を収める。
・映画宣伝マンの夢が捨てきれず、郵便局を辞め上京。この時、面識のない淀川長治小森和子に口利きを頼みに訪ねる。淀川は「あなたなんですか? 私、あなた知りません。あなたひょっとしたら泥棒かもしれません。あなたはひょっとしたら色魔かもしれません。そんな人、私、推薦できません。さよなら、さよなら」としごく当然の対応をされるも、小森のおばちゃまは親身に協力してくれる。20世紀フォックス社にバイトとして職に就いた。
・フォックスではなんとか正社員になるために努力を重ねる。誰もやりたがらない仕事をこなしていくうちに、アメリカからの誰も手をつけてない海外の映画情報や役者の面白いネタが掲載された資料を発見。それを翻訳し、ガリ版で私家版のフリーペーパー「フォックスニュース」を作成。これをマスコミや社内に配布したところ大評判になり、正社員の地位を獲得する。
・さらに、29歳の若さで宣伝部長に異例のスピード出世給料は本人の言い値で決まったという。
・その後、ユナイト映画社に引き抜かれる。この時、今の給料の3倍を約束されたが、それだけでは納得せず、「2ヶ月かけての世界一周旅行」を条件にだしたところ、それを飲ませたうえ、多額の小遣いまでもらう
・独立後、日本テレビの映画解説を務める傍ら、アメリカと日本を行き来し、警官好きが高じて実際に警官として勤務。「3回死にそうに」なる体験をしながら警察研究家としても活動し、アメリカでは博士号まで取得した。日本の警察へ米国式システムを導入させ、20数台の米国用パトカーを自腹で購入し寄付。日本のパトカーのパトランプの形を提案し採用されているという。


参考>
ウィキペディア水野晴郎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E9%87%8E%E6%99%B4%E9%83%8E
人生の選択−水野晴郎
http://www.bs-n.co.jp/mystar/miniwin/iframe/iframe_15.html
今月の放言−水野晴郎
http://www.france.co.jp/bunko/hougen/mizuno/hougen1.html




*1:この頃、以前「トリビアの泉」でも紹介された、お札を速く数える岡山代表に選ばれている。