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ブサイク芸人たちを救った笑い声

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TBSラジオで放送されているバナナマンの「バナナムーン」。6月8日の番組では、ゲストにアンガールズを招いて「ブサイク芸人の未来を考える ブサイク芸人会議」というのを放送された。
本編では時間が足りず*1ポッドキャストでも、その会議が延長され配信されていた。


まず話題は「もしブサイクじゃなかったら芸人になっていたか?」という質問に。
日村は「俺はなってますね」と即答する。

僕は、元々ブサイクって言われてないので、22,3歳のころに「デブ」だ「ブタ」だって言われだして、自分の中では「なんでこんなに言われるんだろう?」って。

設楽は「日村さんは周りから言われて、しかも今でもそんなに思ってない、仕事ブサイクの部分がある」と補足する。芸人になるまで自分がブサイクだと思っていなかったのだ。
山根も「俺も日村さんに近いです」と言う。

クラスでしゃべってて友達が笑うから、俺面白いのかな、って思うじゃん。
で、ライブに最初出たら、やるせなすの中村さんにめっちゃいじられたんですよ。俺はビジュアルも変じゃないと思ってたから、あ、俺、変なのかな? 今までは周りのみんなが優しくて言ってなかったのかな?って。で、ブサイクだなって気づいたんです。

設楽はそんな二人を見て、ブサイクだって気付かないでスタートを切って、でも天職といえる芸人を選んだのは凄い、と言う。芸人だから、それがすべてプラスになる、と。
日村は述懐する。

ホンっトに笑い声が救ってくれてる。
             (略)
俺の人生、子供の頃から笑いは絶えなかったのよ。ずーと、そんなくすんだ感じではなかったの。


そんな日村や山根と違い、芸人になる前から、自分のブサイクさを自覚していたという田中。

僕は(ブサイクじゃなきゃ芸人に)なってないと思うんですよ。僕が最初にあ、と思ったのは、大学の時の学園祭で、ファッションショーみたいのがあったんですよ。で、ファッションショーのモデルがいないってことで、何か消去法で俺が出ることになって、みんなファッション来て出ていくんですけど、俺だけ、何もしてないのにうけたんですよ(笑)。
ただ歩いてきて、うけて、なんだコレ? と思って。
そん時に……、真面目にやってこんなにうけたのか分かんなくて、そっから人前に出たらうける人間なのかなって思ったのを覚えてるんです。
その時にちょうど、ボキャブラブームとか来て、それ見てお笑い(芸人)を(目指した)。

そんな田中は、高校時代までは、いわゆるいじめられっ子だったのだという。
これもクラスの人気者だった「子供の頃から笑いは絶えなかった」という日村や山根とは対称的だ。
しかし、その田中を変えたのは、やはり、笑いの力だった。

高校の時とかも、自分の机があるじゃないですか、ある日、いつの間にか、上の木の部分が外されてて(笑)、それでも文句言えなかったですもん。
(でも、それを救ってくれたのが)笑いだったんですよ。高校の時にJリーグがちょうど流行り始めたんですよ。で、僕もクラスの中でそうい立場でしたから、ゴールキーパーをやらされてたんですよ。そしたらすごいコロコロゆるいシュートが来て、それを俺はJリーグを見てたから、キーパーってこういうもんだろうと思って、思いっきり横っ飛びで取ったんですよ。その瞬間、ドっとうけたの。そっから田中っておもしろい奴じゃないかってなって、クラスの中でも全然立場が変わったの。

笑いに救われた田中は、その後、似た背格好で、似た感性(同じように東野幸治に憧れていた)の山根に奇跡的に出会いアンガールズを結成。
瞬く間に“キモカワイイ芸人”としてブレイクしていくことになった。

*1:僕は残念ながら聴けなかった