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お笑いの王道で戦うということ


二週にわたって放送された「情報7days ニュースキャスター」の松本人志ビートたけしの対談は非常に興味深かったです。この対談の模様については「はてなでテレビの土踏まず」さんがすでに、いい塩梅で文字起こしされていますので、もし見逃された方は「ビートたけしと松本人志の映画対談」「続・ビートたけしと松本人志の映画対談」を熟読することをお勧めします。


その中で、僕が特に印象的だったのは松本が、現在の若手芸人たちについて語った部分です。

松本:あとやっぱりこう、どうしてもスベリ芸というか、「弱芸(よわげい)」に逃げてしまいがちですねー

たけし:うん、うん

松本:だからアレはぼくはお笑いで言うところのステロイドというか、それをやっちゃうと、あのー、たしかにその時はいいんですけど、どんどんカラダが蝕まれていくというか。選手生命が短くなっていくなー、っていう感じはしますね

これを割と積極的に周りにやらせてるのは自分じゃないか、と一瞬ツッコミたくもなったんですが、それはともかく。
芸人がスベリ芸と並んで逃げがちなのは、「シュール」という名の道です。曰く「分かる奴にだけ、分かればいい」と。あるいは、過激な方向や、タブーを破るという道です。
そこで僕が思い起こしたのは、太田光です。
太田は以前「ニッポンの教養」で複雑系科学者の池上高志に、自分は爆笑問題の大ファンだ、だから「お笑いの常識を壊すような別世界まで行って欲しい」旨のことを言われます。しかし、太田はそれを真っ向から拒否します。

太田: 表現っていうことに関しては、まったく別の世界(前衛的)に飛ぶんじゃなく、この滑走路の先にポンって(高みに)行く瞬間があるような気がしてるんですよね。だからそれは、俺にとっては、別の世界っていうのは、もちろん自分を壊すってことにもなるんだけど、ある意味、逃げにしか思えない。例えば文章だったら、「僕はこう思った」って、くだらない、何でもないことを書くことからしか始まらないのに、そんなんじゃないんだっていうその考えで一気にガっと表現するのに安易にそっちに行くっていうのがどうしても俺は許せない
田中: もういっぱいますからね、そういうのはね。
太田: ホントに段取りを億劫だったっていう、だけで。あったり前の表現になる。
田中: だから、画家になりたくて、でもあんまり絵がうまくないからヘタウマに逃げる、みたいのあるじゃないですか。これがシュールだとかいうお笑いの奴もいる。でも、もちろんそれでウケる人もいるし、面白くなる人もいるんでしょうけど、たぶんコイツの中ではその発想は無い
太田: 行ってみりゃ、王道で行きたいんですよ。(略)誰にでも分かる簡単なことで、なおかつそれが突き抜けることが、やっぱり一番型破りだという感じはあるんです。