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“電波少年的”松村邦洋放談

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良くも悪くも日本のバラエティ番組のエポックメイキングになった伝説の番組『電波少年』のDVDが発売される記念に、先日復活特番『復活!電波少年モィ!雷波もねん!』が放送された。
そこでは、懐かしい過去映像が少しだけ見れたのだが、なんといっても見所だったのは、番組の顔のひとりであった松村邦洋が、普段テレビではあまり見かけないほど、饒舌に当時の思い出を語っていたところだった。
怖かった企画を当時のプロデューサーである土屋敏男に問われ、松本明子が「都庁に行ったのもねぇ、怖かったんですよ。ひとりで行ってこいって言われて……」と答えると、松村は「そりゃ行けるでしょう!」と事もなげに、そんなものは当たり前だ、と反論する。

松村: そりゃ、それが電波少年じゃないですか!
土屋: (笑)。首相官邸とか永田町関係はもう何でもないんだ?
松村: 何でもないですねぇ。
「宮沢総理は本当に強いのか(身体をはって確かめたい!)」ってロケの時は、当時まだ篠木さんっていう方(初代プロデューサー)が、「総理の官邸に行こうな」ってロケやってるのに、永山さんって言うプロデューサーと土屋さんがもう、お互いにコミュニケーションできてるから「いいか、突入するんだぞ」って言って。
篠木さんのいないところでもうひとつの別の団体が俺を! 篠木さんは「行くな」と。ほのぼのとして総理の官邸行って、楽しんでる松ちゃんの姿が見たいって。
ただもうひとつの土屋さんっていう新しい団体が宮沢総理にハリセン持っていけっていう指示を(笑)。「宮沢総理は本当に強いのか」って、考えられないですよ!

この企画のもとになったのは、「ユン・ピョウが本当に強いのか身体をはって確かめたい」だった。
そのユン・ピョウのVTRを見た篠木に「これはテロだ。こんなテロ行為をテレビで流すわけにはいかない」と厳しく叱責された、と、土屋は自身の著書『電波少年最終回』で明かしている。
篠木はそれまでも同番組でトラブルが起こる度に、あちこちに謝罪にいきつつ、お前の好きにすればいいんだ、と言ってくれるような良き上司だったという。

そんな篠木さんが、このユン・ピョウのVTRだけは、どうしても許せない、断固オンエアーに反対すると言うのだ。
わたしは、グズグズと、「でも、面白いじゃないですか」と上司に言い、篠木さんはきっぱりと「いや、面白くない」という。

そんなやりとりの後、実際に会議でスタッフとVTRで見て結論を出そうということに。
結果、みんな大爆笑。なし崩し的にオンエアーが決まってしまう。

篠木さんの「許せない」を、「面白い」というスタッフの大爆笑で越えた、そういう瞬間だったのだ。
面白きゃいいんじゃないの、と、これは、さらに暴走に拍車をかける契機とあいなった。


土屋は初期『電波少年』をこの復活特番でこう表現している。

やられればやられるほど、追い詰められれば追いつめられるほど、こう松ちゃんがチャーミングになっていく
それが発見されていった過程だよね。

やがて『電波少年』は、『電波少年インターナショナル』を契機に「アポなし」から「旅モノ」(それが発展して「ヒッチハイク」)へと路線が変化して行く。
松村は『電波少年』の海外ロケの経験について、こう述懐する。

(海外ロケの)最初が電波少年だと、電波少年が普通だと思っちゃいますから。ホント、(海外ロケで)ホテルなんか用意してあると、何やるんだって思いますもん、僕も。ホテルがあるロケってなんだろうって思いますね。何考えてるの、ホテルなんか用意して? って。飛行機でねれりゃいいじゃん! 間違ってるよ、アンタたちって思いますもん。やっぱり。よくタレントさんが「私、もっと広いホテルがいい」なんて言うと「贅沢言ってるんじゃねえ! ホテルがあるだけいいだろっ!」って。

我々が行くところは安全じゃないですよ、安全じゃないけど景色はイイ。景色はイイんですよぉ。オーロラなんて(電波じゃなかったら)見れませんでしたよ。アラスカでオーロラ見放題*1。寒い寒い。
現地の人はとにかくマスクとか色々してくれって言ってるんですよ、なのにこちらサイドのスタッフが「いりません、そんなのは!」って。通訳を通して「いりません。顔が映った方がいいので」って。
僕は凍傷したんですよ! スノーモービルで。次の番組もずっと凍傷負ったまま収録したんですから!

復活特番では山崎邦正のロシアンルーレット編が紹介される。それを見て感嘆しつつ松村が、『電波少年』のロケの方針について語る。

よく(カメラを)回してましたよねぇ。何でもいいから回しておきゃいいんだよ。回しとけば何か有るかもしれない、とりあえず回しておく。だからあの、普通ロケって「ここ回しとけよ」って言ってカメラ回すじゃない。もう『電波』は違うからね。運転してる時も何も常に回してるから。どこで横転があるかもしれない。カメラさんが休まない。撃たれたら撃たれたところを撮らなきゃいけない。要するにバラエティ&事件なんですよね(笑)。

前出の『電波少年最終回』でも、(ドロンズの)同行ディレクターの飯島が暴漢に襲われるという事件が起こった時のことを振り返り同様の趣旨が書かれている。

このとき、飯島、暴漢が立ち去ったその瞬間、顔面をつたう血の感触に、「助かった」の前に、まず、「ひとネタできた!!」と、思ったそうである。で、自分の顔にカメラを向け、血まみれの自分を撮ったのである。
            (略)
ドロンズの旅では、車が事故を起こしたときもあった。カーブを曲がりきれずに横転したのである。このときも、同行ディレクターは「大丈夫かあ?」の前に、「カメラ回ってた?」と叫んでいた。

さらに土屋は様々な危険にさらされながらも、結果として奇跡的に番組が成功していった秘訣をこう結論づけている。

10分遅かったら、あと5センチずれていたら−−−そういうことが、おそらく、たくさんある。
            (略)
何をもってしてケガ(ここでは放送出来ない大きな事故の意)せずに来たのかと考えると、常に、やはり、どこかで気持ちとして攻めていたからではないかと思う。
攻めているときはケガはしない。守りに入った途端にケガをする*2−−−という思いは、自分の中にある。


最後に松村は『電波少年』の内幕について土屋の顔色を横目で伺いながら明かす。

土屋さんって基本的に黒幕ですので、直接はあんまり言わないんですよね。
下請け、下請け、下請けを通して、ディレクターから「お前、バカヤロー」って。
「雪山歩いてる、お前の画が欲しいんだよ!」って。
「それはどなたが言ってるんですか?」「いやぁ、上の上の上が言ってるんだよ」って(笑)。
だからあの発注があった元は、たぶん土屋さん発信で来てるんでしょうけど、だから現場(のスタッフ)は大変だったと思います。
最終的にはFAXが届くと、僕が「黒幕」って呼んでたんですけど、スタッフもそのうち、「黒幕からFAXが来たよぉ」って(笑)。「こうしろ、だとよ」。
最終的に現場のスタッフも僕に一言言ってくれたのはロケ終わったときに「俺も被害者だったんだよ」(笑)。

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*1:「最高の書き初めがしたい」

*2:ちなみにこの本が書かれたのは2001年10月。まだ『電波少年』シリーズが放送されている。そして、このシリーズの息の根を止めたのは『雲と波と少年と』。皮肉にも、実際に迷走の果てに死亡事故を起こす悲劇で終了している。