「絵に描いたような残念な天才」松尾スズキの赤塚不二夫論

NHK教育テレビで6月に放送された『こだわり人物伝』は、松尾スズキ赤塚不二夫を語る「ただただ“愛”なのだ」でした。
第1回、第2回の前半は、赤塚不二夫の漫画での功績、破壊の凄さが松尾の口で分かりやすく語られていました。
そして、第3回以降の後半は、赤塚がアルコールにまみれた晩年を焦点にあて、その生き方を生々しく振り返っていました。
僕が特に興味深く感じたのはその後半部分でした。

畏怖の念、憧れ、ちょっとしたガッカリ感(笑)。でも、そのちょっとしたガッカリ感がやっぱお茶目だなって思うのが赤塚さんなのかなって。
そこまで尊敬させてくれない。尊敬されたくもないんでしょうし。尊敬っていう形で人と関わり合いたくないんでしょうね。そんなに距離を置くなってことだと思うんですけどね。
難しい解釈をされることを嫌ってたんじゃないかと僕は思うんですよね。くだらないものはくだらないものとして受け取れってことだと思うし、とにかく難しい話はしたくないっていう。そういうこだわりは感じたなぁ。

赤塚の晩年、一度だけ赤塚不二夫と対談企画で対面した時の印象を松尾スズキはこう述懐しています。
この「尊敬されたくない」という思いは、当時の赤塚の発言「自分が最低だと思ってればいいの」でもうかがい知ることができます。最低だと思っていれば、周りの人が言葉をかけてくれるし、その言葉にちゃんと耳を傾けられるようになる、と。


一方で全盛期の頃、「最高にいい酒飲んで自分が社会的に認められた証にしたいわけさ。まわりにチヤホヤされて自分でもエラくなった気になるし、何かまったく別な人間に生まれ変わった気分にまでなれる」などと自身の著書に書いています。
当時の赤塚の状況を松尾はこのように分析しています。

漫画を破壊する快楽に身体が追いつくために酒を呑んだって考えるのが僕は妥当だと思う。
で、破壊するものがなくなったときに、酒だけが残ったって感じではないかと想像するんですけどね。

天才バカボン』『レッツラゴン』で漫画表現の文法を破壊しつくした赤塚。その頃から、天才ゆえの孤独に苛まれ、それに抗うように、彼は周りにたくさんの仲間を侍らせて酒に溺れるようになっていきます。

やっぱり賢い人ならそこで戻れる時に引き返さなかった。ブレーキを引こうにも、もう一緒についてきちゃってる人がいるから加速がついちゃって止まらなくなってしまったんじゃないですか。
なんか大きな穴ぼこを抱えてるんじゃないかって気がするんですね。
なんかひとりの時間を楽しんでられないっていう。だからそこに色んなものを投げ込みたくなるっていう。だから愛されても愛されても愛されたいんじゃないですか。だからなんか過剰になっちゃう。愛されたすぎて、色んな齟齬が起きてるっていうか。
愛されたさと過剰な好奇心だと思いますよ。すごく子供っぽい冒険心だと思う。


赤塚はこの頃、酒の席の延長線上で、仲間と共に映画、レーシングチーム、レコード会社、テレビ番組と様々なことに挑戦していくようになります。

赤塚さん本人の身体を使った笑いで成功しているのを僕は観たことがないですね。
なんか知らないけど、赤塚さんが写真になったり映像に出てるのを見ると、ある種の悲惨さを感じるですよ。
その悲惨さの正体って言うのは僕は分からないんですけど、やっぱり一番漫画が合ってたんだと僕は思いますけどね。職業の気質としては。きっと赤塚さんの思い描いたイメージ像はすごい笑えるものなんですけど、赤塚さんの肉体を通った途端になんか見られないものになってるな、って気がして。要するに、漫画のリズム感が(赤塚自身の)肉体にはないんですよね。
赤塚さんの女装とかもそうですよね。あれは笑えないですよね。
「悪ノリ」って言葉が当時流行ったと思いますけど、まさにその域というか。半分ちょっと嫌がらせに近いというか。
なんか漫画で得た評価をチャラにし始めてる時期なのかな、っていう(笑)。
だから赤塚さんの遊びを僕らは見せられて辟易していた時代っていうのはありますよ(笑)。

松尾はきっぱりと当時の漫画を除く赤塚作品について「インスタレーションとしては凄いけど、そこには笑いがない。アングラっぽいものがモワッとしてる。面白いとは思わない」と酷評しています。
晩年の赤塚についてここまでハッキリと批判的評価がテレビで語られたのを聞いた記憶がなかったのでちょっと新鮮でした。

くだらないモノを徹頭徹尾貫くってことをやるには、もしかすると赤塚先生は真面目すぎるのかもしれない。
だからそこにお酒を持ち込まざるを得なかった。
自分をちゃんとしたバカにする手段に。
失敗も含めて、赤塚不二夫の作品として見ると味わいがあるな、と思いますけどね。

そして、赤塚不二夫について、松尾スズキ流に総括していきます。

もちろん漫画を作っているっていう意味ではエンターテイナーなんですけど、もうエンターテイナーの枠を通り越して、酷い言い方をすると後半は漫画を作らないで、人が望まないことばっかりをやっているわけですよね。だれもそれをやって欲しいと思っていないイベントとか誰も見たくない映画、そういうものを作っちゃって、最終的には酔っ払った姿のまんまテレビに生出演するっていうのは傍からみると悲惨なんですけど、そういう悲惨さも含めて赤塚不二夫っていうキャラクターだって考えると、それはもう生き方が芸術だっていうふうに思わざるを得ないっていうか。だから漫画家って枠はもう超えちゃってる人だなって思いますよね。
漫画っていうものの作り方そのものをぶっ壊したっていう才能はやっぱ天才だと思いますけど、破壊する才能ですよね。でも破壊って限界があるから破壊の果てに自己破壊に行くんだなっていう怖さを見せつけてくれるあたり人生そのものがトータルでいうと面白くないことを含めてアートだなって。
絵に描いたような残念な天才っていうか(笑)。

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