解き放たれたスリムクラブ

『M-1グランプリ2010』で鮮烈な印象を残したスリムクラブのもとには、各メディアからオファーが殺到した。一時は彼らを見ない日はないくらいで、その中で彼らのこれまでの経歴や人となりが語られてきた。
真栄田賢の「洞穴からしゃべってるような(by松本人志)」独特な声と強烈なキャラクター。そして内間政成の天然で愛らしい笑顔の組み合わせは魅力的で、彼らの『M-1』的漫才の真逆を行く、間を過剰に生かした漫才を引き立てている。
この間を怖がらない漫才が生まれた経緯を真栄田は以下のように解説している。

真栄田: 1回僕がボケるじゃないですか。そのボケに対して本当に心の底まで感じて欲しいんです。だから、この変な人が来ました。横でこんな至近距離で声かけられます。どう思います?
内間: 「ちょっと恐い……、なんだろう?」
真栄田: って思いますよね。次、変な事言います。どう思います?
内間: 「……なんで俺にそんな事言うんだろう?」
真栄田: っていうのを、一言でこんだけの情報を考えてほしいんです。それをすればするほど、それが表情に出てくるし、雰囲気に醸しだされるっていうんで、その「間」がだんだんと出来てきました。(「ブラマヨとゆかいな仲間たち」より)

「僕らは処理能力が遅いんで(大阪の人たちのように)あんなに早くは感じられないんですよ。一言ボケたことに関して、あんなに素早く反応して発することができない」のだと。
二人は沖縄出身。琉球大学の先輩・後輩の間柄だ。元々は沖縄でそれぞれ別に芸人として活動していた。
「当時僕が沖縄で活動してたときは、毎回スベってたんですよ。で、僕は環境変わったらどうにかなると思って」と内間は先に上京。真栄田も程なくして上京する。

真栄田: (内間に)「お笑いの事務所、お勧めある?」って聞いたんですよ。そしたら内間が「僕と組んだら吉本入れますよ」って言うんですよ。いつのまにこんなに偉くなったんだ?って(笑)。で、吉本のお偉いさんの所に行って、「内間くんと組みますんで入れてください」って言ったら、案の定怒られまして、「そんな良い話ねえだろ、バカ野郎。みんな高い授業料払って1年間頑張って入るのに」と。でも僕も若気の至りっていうか、めっちゃ熱く興奮状態で「俺は出来るんだよ」って語ったんですよ。そしたらスタッフの人が、「真栄田くん、君ね、熱いのは分かるけど、7割何言ってるのか分からない」って(笑)。それからちょっとホンワカした状態になって話し込んだら気に入ってもらえて僕が吉本に入れてもらってスリムクラブが出来ました。(『メレンゲの気持ち』より)

内間政成の苦悩

真栄田が「彼の人柄だけで組んでる。笑いの才能、ゼロ*1」「組んだ理由はそこ(居心地の良さ)だけで、面白さは一切求めてないですね。面白いことは僕が準備するんで、後は僕を癒して楽しませてくれって*2」という内間政成は、スリムクラブを結成してもしばらく心を閉ざしていた。
当時の内間は、自分がダメな人間だという呪縛に苦しんでいた。

内間: 悩む時間があるとどんどん悪い方向に考えちゃうんですよ。ダメ人間だとかホントの自分って出していいのかな、とか。だから自分で苦しくなって、妄想の中で次の仕事に行くわけですから。
真栄田: 妄想が酷すぎて、先輩に嫌われてるとか。昔、ライブでインパルスさんがMCだったんですよ。で、最後、エンディングの時、こいつの顔見たら、汗をバーっとかいてて、顔青ざめて。「お前どうした?」「(震えながら)僕は、板倉さんに絶対嫌われている!」って。(板倉さんと)初めて会うんですよ(笑)。
内間: 想像が膨らんでしまいまして、一瞬、俺が板倉さん見たら、板倉さんが目を逸らした気がしたんですよ。「あ、俺、絶対嫌われてるな、もうライブに出れないな」って。(「ブラマヨとゆかいな仲間たち」より)

それは、彼らの漫才のスタイルにも影響を及ぼした。

真栄田: (内間は)ホントに心を閉ざしてる青年だったんですよ。
今でこそこんな愛嬌いい感じですけども、沖縄にいた頃なんかホント、無表情でよく何考えてるか分からないって言われてたんですよ。もの凄い厳しい家庭に育って好きなことを全部禁止されてたんですよ。「少年野球行きたい」って言っても「不良になるからダメだ」「サッカーやりたい」も「不良になるからダメだ」。自分が好きなことをやると何か怒られるというふうにインプットされて、それ以来心を閉ざしてたんですよ。とにかくロボットみたいだったんですよ。泣かない、笑わないって感じで。っ少しずつ自分の心があるのかな?ってなってきて。だからこそ今の感じが全然なくて。当時は彼なりの漫才のスタイルがあって、早くて巧いっていう。昔はめっちゃ怒鳴り声でジャストのタイミングで怒鳴ってツッコんでましたね。昔バージョンでツッコんだらホントに酷いですよ。
内間: 偽りの俺ですね。ツッコミとはああいうものだと思い込んでたんですね。
真栄田: 自分というフィルターを通さずに、いつも自分の心を閉まって、何かだいたいこんなだろうと、形だけでやるんですよ。ずっとコンビ組んでからそこがテーマで「お前でいいんだよ、お前でいいんだよ。好きで組んでるんだから、舞台でも普段のお前でいてくれ」っていうけど、あんな感じじゃないですか。ずっとやり続けてて、自信がなかったらしいんですよ、やっぱり。自信がないから舞台に立ったら何かにならなきゃいけない。だから理想の先輩とかをイメージしてやってたらしいんですよ。「違う、違う、お前でいいんだ、お前でいいんだ」って。(「ブラマヨとゆかいな仲間たち」より)

真栄田は「お前でいい」と言い続けたが、内間もまた悩み続けた。その真栄田の言葉に少しづつ心を開いていったが、完全にその呪縛から解放されなかった。

真栄田: 2年くらい前に六本木で飲んでたんですよ。芸人におごってくれる社長さんっているじゃないですか。その人に呼んでもらって飲んでたんですけども、こいつ結構意地悪なことされてたんですよ。あんまり良くないラインまでいじられてたんですよ。「お前、ちゃんと嫌なら嫌って言ったほうがいいよ」って言ったんですけど全部甘んじて受けてるんですよ。だからちょっとトイレに連れて行って「お前おかしいよ、ホント心に聞けよ!嫌なものは嫌ってあるだろ」って言ってもヘラヘラしてる。「馬鹿か、お前。人が言う事なんでもきいて、じゃあ俺が『うんこ食え』って言ったら食うんか?」って言ったら、一瞬考えたんですよ。普通の人は一瞬も考えないでしょ。
内間: その頃は自分の心が大切って分かり始めてた頃なんですよ。ただ自分の感情を抑えるっていうのも残ってたんで、精神的に不安定な時期だったんですよね。自分がよくわからなかった時期に、信じてた相方に「うんこ食え」って言われて、、、、もしうんこ食ったらどうなるんかな、もしかしたら自分がよくなるんじゃないかなって。

内間は、自分が真栄田の足を引っ張っていると悩み続け、解散を申し出る。
しかし真栄田は

お前がダメ人間って言うなら、お前がダメな人間だっていう証明書持ってこい!」(『ズームイン!!SUPER』より)

とその申し出をはねつける。
そんな言葉で少しづつ変わっていった内間。それと同時にネタのスタイルも変わっていきだんだん手応えを感じるようになってきた。
そして内間に子どもができた。それを真栄田に報告した内間。

真栄田:「お前でも親父になれるってことは神様が大丈夫だって言ってるんだから、自信持ってこっから勝負しろよ!」って言ったら急にボロボロ泣き出して、「真栄田さん本当に今までありがとうございました。これからは自分を信じて、自分の心を活用して生きていきます」って。(「ブラマヨとゆかいな仲間たち」より)

真栄田賢の葛藤

スリムクラブが、いや真栄田賢が初めてテレビで脚光を浴びたのは『エンタの神様』の出演だった。
それはスリムクラブ真栄田としてではなく「快物フランチェン」として。

真栄田: 『エンタの神様』でフランチェンというキャラクターでやらせてもらったんですけども、そん時に日テレのスタッフに呼ばれて「実はスリムクラブの真栄田さんしか使えない。相方さんは今回申し訳ないけど。それでもやりますか?」って言われて僕としては、やっぱり相方に了承を得ないといけないんで「持ち帰ります」って言って、その日の夜にこいつを呼んで、居酒屋で「おい、お前、エンタの神様、出れることになったぞ」って言ったら、その段階で自分も出れると思ってるから「やっほーい!」みたいに(喜んで)、「めっちゃ言いづれえ」って。でも正直に「俺、一人だけなんだよ」って言ったら、こいつ下向いて泣き出してるんですよ。「どうした?」「めっちゃ嬉しいです。本当に真栄田さんのことが大好きで、面白いと思ってるんで、その真栄田さんがやっとテレビ出られるなら本当に嬉しいです。頑張ってください」って。(『しゃべくり007』)

しかし、フランチェンは子供にはある程度の人気を得たが、お笑いファンからは黙殺される。
相方内間が精神的な呪縛で苦しんでいるとき、真栄田は「面白くない」というフランチェンの呪縛に苦しんでいた。
『M-1』での活躍でようやくその呪縛から解放された真栄田は「元々ピン芸人だった。ピン芸人としての魂もあるんで」と『R-1ぐらんぷり』にも出場する。
決勝進出を果たした真栄田はフランチェンについて振り返る。

真栄田: (フランチェンは)とにかくいっぱい悪口言われた経験させてもらったキャラクターだったんで、苦しかったこともあります。でも、あれがあったから、じゃあ、本ちゃんのネタ、オリジナルのネタ見てくれって。俺がピンでやってる本当のネタ見てくれっていう、それで、やりたくてやりたくてっていうパワーを生んでくれたのがフランチェンですね。やってよかったです、フランチェン!(『R-1ぐらんぷり』事前番組より)


今、彼らはテレビ画面の中で屈託なく笑っている。
真栄田は豪快に心底楽しそうに、内間はニヤニヤと。
自分の面白さを認めてほしいと切望した真栄田と、自分がダメな人間じゃないかと悩んでいた内間。内間は真栄田の面白さを誰よりも信じ続け、真栄田は内間の人格を認め続けた。
「休ませてくれって思わないか?」と問われ真栄田は幸せそうに笑って語る。

真栄田: そうですね、一回こいつとゆっくり飲みたいですね
二人でしか飲みにいかないですね、ほとんど。コンビニで酒買って、コンビニの前で飲むんですよ(笑)。

スリムクラブの連載「私のささやかな妄想」始まりました。

*1:『しゃべくり007』より

*2:『○○な話』より