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一発屋芸人たちの恍惚と不安

ダンディ坂野、小島よしお、ヒロシ、鳥居みゆき髭男爵、そしてスギちゃん。数々のキャラ芸人を生み「一発屋芸人製造工場」(by小島よしお)とも言われるサンミュージックお笑い班。
一時期必ず芸能界を賑わしている奴らを生みつつ、船は不安定でグラグラしているが沈まない、そんなサンミュージックの歴史を今やその重鎮となったカンニング竹山がだいぶ前に放送された『ジャガイモン』*1で解説していた。

一発屋製造工場」サンミュージックの歴史

サンミュージック プロジェクトGET」というのがサンミュージックお笑い班の名前。
そしてこれをプロデュースしている人の歴史こそがサンミュージックお笑い班の歴史といっても過言ではない、と。
まずサンミュージックは現在会長を務める相澤秀禎が設立した。
若かれし頃、進駐軍などでジャズをやっていたバンドマンだった相澤は一念発起して裏方にまわりプロダクションを設立。その時に探してきたのが、森田健作だった。
「太陽のように明るい歌手=森田健作」から名付けられたサンミュージックは新宿のワンルームから始まった。

そして森田健作が見事に大ブレイク。
大ヒットドラマ『おれは男だ!』などに出演。
サンミュージックは序々に大きくなっていく。
その後、野村将希、牧村三枝子都はるみ松田聖子桜田淳子などそうそうたるスターを輩出するが、そのすべては森田健作から始まったのだ。

森田健作がある時、撮影で京都の太秦に行く。
太秦には大部屋がある。
まだ売れてない、切られ役の俳優たちが大部屋で過ごしてる。
そこにある二人の若者がいた。
それが、ブッチャーブラザーズだ。
この二人、とにかくヨイショが上手かった。
誰にでもヨイショできた。
大スターとして森田健作太秦にやってくる。
この二人はすぐに取り入る。
そうすると森田健作は「おい、ブッチャー、リッキー、かわいいな」となっていった。
いつのまにやらこの信頼関係は京都で厚いものに。
ある時森田健作さんは言う。
「おい、ブッチャー、リッキー。こんなところにいないで東京に来い」と。
お前、東京に来てマネージャー兼付き人になって役者を目指さないか、と。
京都から出たことない二人。
しかしこんな売れっ子スターに誘われて、その次の週には東京に向かっていた。
そしてマネージャー兼付き人をやりだした。

ところが東京に出てきても仕事なんかなかった。
そんな時に世は漫才ブームがやってきた。
THE MANZAI』が。
俳優の仕事してる二人だったが楽屋ではおちゃらけてて面白い。
ある時、森田健作さんがいう。
「昼間テレビ見てたらB&Bがやってる番組で若手のオーディションやってる。5週勝ち抜くとスターになれるらしいぞ」
それが『笑ってる場合ですよ!』の「君こそスターだ!」だった。
そこにブッチャー、リッキーが出ていくことに。
そうするとこの二人、もとが才能があったため5週勝ち抜いて見事お笑い芸人になったのだった。
こうしてサンミュージックの第1号のお笑い芸人に。


ところがこの二人、全然売れない。
そしてサンミュージックは辞め、人力舎に。
人力舎で芸人としても活動するが、そのかたわら、若手を育てていこう、と。
1980年代後半から90年代初頭。いろんなライブを手がけていく。
その当時まだ吉本興業が東京に来ておらず東京の芸能事務所は芸人も抱えていたがライブがほとんどなかった。
だから若手集めて自分達がライブを開いて大々的にやろうじゃないか、と。
いろんなライブをやる。
その昔、吉祥寺で始まり浅草キッドも出ていた「バーボン寄席」。「バーボン寄席」が進化して「アーバン寄席」。ここには海砂利水魚(現:くりぃむしちゅー)、ネプチューンなどが出演していた。さらにここから進化し「東京ビタミン寄席」。これは今現在も中野で開催している。


やがてブッチャーブラザーズは独立。
自分の事務所「ビーブロス事務所」を設立。
この頃から、長年ブッチャーブラザーズと名乗ってきた芸名を「ビーブロス」に謎の改名。
このビーブロス事務所の門を叩いた男がいた。
その第一号がダンディ坂野だった。
ところが案の定、ビーブロス事務所傾いていった。


その頃ちょうどサンミュージックから「うちでお笑いもやりたい。実は2年前までカンニングという若者をやってたんだけど、自然消滅してしまった。もう一回オレはお笑いをやりたいんだ。おい、ブッチャー、リッキー、うちに戻ってきてくれないか?」とお笑い班を立てなおしてくれないか、とオファー。
もちろんブッチャーブラザーズにとってはビーブロス事務所傾いているため、よっしゃ行こうというわけでダンディを連れてやってくる。ここで初めて「プロジェクトGET」*2ができる。


カンニングブッチャーブラザーズが来たということで一時離れていたサンミュージックに復帰。
しかし売れない。
社員からもお笑い班なんてやめろとの声が高まっていく。
そんな時、さくらんぼブービーが偶然マツモトキヨシのCMに決まる。
このCMを撮った監督が「GETライブ」に見に来る。
すると「次はダンディ坂野を使いたい」と。
そしてマツモトキヨシのCMにダンディを起用。
そしてこの男が一気にブレイクした。
これをきっかけに軌道に乗ったサンミュージックお笑い班は次々と「一発屋」然したキャラを身にまとったキャラ芸人をブレイクさせていくのだった。


(参考)「お祭りが終わっただけ」 芸歴13年目のダンディ坂野が自身のブレイクを語る

一発屋芸人が生き残る方法

もはや「一発屋」というキャラでポジションを掴みバツグンの安定感で活躍する小島よしお。
そんな小島が4月2日の『笑っていいとも!』に現在大ブレイク中のスギちゃん*3を引き連れて登場。
そこでスギちゃんが熱心にメモを取る中、「一発屋芸人が生き残る方法」を講義していた。


▼【自分のギャグに飽きてもやり続けろ!】

こういう時ってめちゃめちゃやらされるんですよ。僕なんかホントやりすぎて、左肩がちょっと下がっちゃったぐらい。冗談じゃなくて。「そんなの関係ねえ」やりすぎて。
とにかく、めちゃめちゃやるんで、まず世間の方が飽きる前に、自分が飽きちゃうんですね。こんなにやるんだ、みたいなので。そうなってくると、街で例えば「ワイルドやって下さい」言われた時に、やりすぎててやりたくなくなっちゃうんです。ただそれやっちゃうと、声かけてくれた人からしたら、ちょっと調子乗ってんじゃないのみたいな(感じを与えてしまう)。
天狗……「ワイルド天狗だ」みたいになっちゃうんで。この時代はもう早いですよ。ツイッターだったりブログだったりで、「ワイルド天狗」「ワイルド天狗」……リツイート「ワイルド天狗」ってなっちゃうから
そういうギャグの要求も断らない、やり続けるっていう。
(今でも自分も)やってくれと、たまに言われます。

ここで全力で小島ギャグフルコースをすると会場は大ウケ。

やり続ける。
正直まだテレビに出始めてる時だから、まだ楽しいんですよ。
「だぜぇ」を待ってるんし、お客さんも。
これがもうホントに時代のうねりと共に、もの凄い流行りますから。そうした時に、街を歩けば「だぜぇ」「だぜぇ」が聞こえてくるんですよ。
そういう時に、ちょっと嫌だなって思っちゃうんです。そこを乗り越えないと。
乗り越えると、さっきのようにウケるようになるんですよ。
一時期やっぱウケなくなりますよ。ウケなくなりますけども、続けることでまたウケるようになる


▼【イメチェンのフライングに気をつけろ!】

一発屋芸人って要は、決まった衣装、決まったフレーズを持ってるんですよ。
なので世間の方が、この格好を見た時に「あっ、スギちゃんだ」っていう認識なんですね。
それを着替えちゃったりすると、誰かわからなくなる。僕も海パン履いてて、早く服着てやろうと思って服着た時期があったんですけど、誰かわかんない。波多陽区さんも、振袖みたいなのから洋服になった時に、あっ誰かわかんない。わかんなくなっちゃう。だから、イメチェンを早くしすぎると、失敗しちゃう。
(「一生Gジャンだぜぇ」というスギちゃんに)ただ気をつけなければいけないのは、マイナーチェンジでちょっといいGジャンにしちゃったりするんですよ。そうすると、お金持ったなって思われるのと、ちょっと応援する気持ちが少なくなっちゃう。


▼【ネタは作り続けろ!】
スギちゃんの持ちネタは現在15個。長尺のネタ時間の営業では手品をしてごまかすというスギちゃん。「『R-1』でもうスッカスカだったぜぇ」

それはまずいですよ。思ったよりまずい。
もう50〜100個は絶対必要ですから。
ネタ本は出さないほうがいい。ネタ本とか出しちゃうと、そこで一気に皆さんに知れ渡っちゃいますから。テレビでネタがウケなくなっちゃうっていう。その場のお金はもらえるかもしれないですよ。ただ5年後を考えるなら(出さないほうがいい)。

「スギちゃんのうた」

そして4月19日のラジオ番組『おぎやはぎのメガネびいき』にゲスト出演したスギちゃん。
そこで同じくゲスト出演の森山直太朗から「スギちゃんの歌」を贈られる。それはあまりにもスギちゃんの心境に突き刺さる歌詞の名曲で彼は文字どおり号泣してしまうのだった。

スギちゃんこの頃ふと思う
「ワイルドだぜぇ」の一言で僕の人生変わったけれど
スギちゃんこの頃ふと思う
スポットライトの裏側に何があるというのだろう
スポットライトを浴び続け何が僕にできるだろう
やっと掴んだチャンスだけれど改名したのも最近だけど
こんな思いをするならば掴まなければ良かったかもと
涙でつぶやく 「ワイルドだぜぇ」と
テレビと違う 「ワイルドだぜぇ」
誰も見てない 「ワイルドだぜぇ」と
舞台じゃ見せない「ワイルドだぜぇ」
あぁ、だけど戻れない戻りたくないあの日々に
逃げたい思いを押し隠し どうせやるなら最後まで
消えた所で 死にやしねぇと
俺は元から 「ワイルドだぜぇ」
涙でつぶやく「ワイルドだぜぇ」と
ヤケクソ交じりの 「ワイルドだぜぇ」
お盛んだぜぇ

現在配信中のポッドキャストでも聴くことができます。
またこの時の放送の模様はこちらに詳しくまとめられています。
森山直太朗が即興で作った「スギちゃんの歌」でスギちゃんが号泣した件-togetter
森山直太朗が即興で作った「スギちゃんの歌」でスギちゃんが号泣した件-NAVERまとめ

*1:この時 http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/20120318#anone と同じ回

*2:だから「ゲッツ」なんだろう、と言われるが、これは偶然で無関係。

*3:ちなみに小島よしおがブレイクした当時のマネージャーが現在、スギちゃんを担当している