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『COMIC CUE』という祭り

コミック・キュー (Vol.2(1996)) Comic cue (Vol.4) Comic cue (Vol.200) Comic cue (Volume 7!(1999~the 2nd half))
COMIC CUE』という漫画誌は、僕にとって“お祭り”でした。
COMIC CUE』は1994年から江口寿史さんが責任編集長となって創刊された漫画アンソロジー雑誌。年に数冊という不定期の刊行(現在のところ2003年の刊行が最後)で第2号以降は各号ごとに「カヴァー」「ポルノ」「コラボレーション」「手塚治虫」「食べ物」などひとつのテーマが決められ、それに沿って個性的で多種多様な漫画家が原稿を寄せていました。


特に思い出深いのはVol.2の「カヴァー」特集での松本大洋の『ドラえもん』。
f:id:LittleBoy:20140310002840g:plain:right今でも折にふれて読み返したくなる傑作です。
他にもVol.4の「コラボレーション」特集 でのよしもとよしとも原作、黒田硫黄が描いた、『あさがお』、Vol.5「子供」特集すぎむらしんいち『小林君』、Vol.6「手塚治虫」特集黒田硫黄メトロポリス』のカヴァー、特集とは別枠で連載されていた地下沢中也の『預言者ピッピ』などなど挙げだすとキリがありません。この漫画誌で知って大好きになった漫画家も少なくありません。


当時、高校生の僕には、まだネット環境もなく、不定期刊行ということで、『COMIC CUE』の発売情報を得ることは簡単ではありませんでした。
田舎暮らしだったこともあり、たとえ発売されたとしても近所の本屋には売っていません。
だから発売の噂を聞くと、僕と弟は自転車を走らせ、手分けして街中の大きめの書店を探しまわるのが、僕らの一大イベントでした。
そして、それを見つけ手にした喜びは、今でもありありと思い出すことができます。
まさに、僕ら兄弟にとって『COMIC CUE』の発売は“お祭り”だったのです。


ちなみに江口さんが責任編集を務めたのは3号まで。4号以降はイースト・プレス堅田浩二さんが編集長を引き継ぎました。
そして『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』はその堅田さんに声をかけて頂いて始まったのです!

青春時代、もっとも影響を受けたもののひとつである漫画誌の編集長だった人と一緒に本を作る---。そんな幸福はなかなかありません。
COMIC CUE』に掲載されていた松本大洋の『ドラえもん』は青年になったのび太に、年老いたのび太が会いにくるという話ですが、同じように当時の僕に会いに行って、今の状況を話してもとても信じてもらえないでしょう。
この『タモリ学』の企画~執筆~出版までの日々もまた、僕にとって“祭り”でした。
その祭りの間、苦しく悩み尽くした時期もありました。言いようもない焦燥感にかられたりもしました。
年老いたのび太は思春期を経て思い悩む青年のび太に言います。
どうせ死ぬまで生きる。気楽にやれ。気取るな


そんなこんなで、『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』ようやく出来ました。(結局告知!)
「どうせ死ぬまで生きる」って気持ちで書きました。なかなか「気楽に」はできなかったけど。