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タモリの「びり」の話

前回のエントリでは、NHKラジオ『ラジオ深夜便』「萩本欽一の人間塾」第7回にゲスト出演したタモリの服装についての話や、中学時代の弁論大会の話を書き起こしました。

今回は同じく『ラジオ深夜便』「萩本欽一の人間塾」×タモリから、タモリの頭の回転の早さと話芸がよく分かる部分を書き起こしたいと思います。
この番組は様々なお題を選んで、それについてのトークをするという形式で進みます。
欽ちゃんはそこからまず「のんびり出来る場所」というテーマを選ぶと、そのままでは面白くないと言って「のんびり」ではなく「びり」の話をして、と意地悪な無茶ぶりをするのです。
「“びり”できる場所?」と聞き返すタモリに「いや、単に『びり』の話」と言います。
タモリは少し困惑しつつもすぐに意図を理解すると、「あのーちょっと長いですけどいいですか?」と即座に話し始めるのです。

「びり」の話

タモリ: 僕、趣味が料理なんですよ。毎朝御飯作ってるんですよ。理由はね、僕、雑念が多いんですよ。若い頃から今まで他のことばっかり考えるんですよ。
萩本: だから?
タモリ: 料理やってると雑念がわかないんですよ。集中するから。
萩本: 料理っていうのは美味しく作るっていう一点にいくから?
タモリ: そうなんです。まずどうやろうか、その先のことを考えて、これを作ったらこれをやるとか、この料理はどの器にしようかとか、ずーっと先々のことを考えるんで雑念が入る余地がないんですよ。
萩本: 料理ってそんなに大変なことなんだ?
タモリ: ええ。大体男は分かってないんですよ。それで今使ったボールとか、器は今のうちに洗っておこうとか、最後にまとめると嫌になるから洗えるものは洗っておこうと。すごい考えるんですよ、必然的に。だから気分転換にもなるんですね。
萩本: それで料理する。「びり」が全然出てきてないからね(笑)
タモリ: これから、これから(笑)。料理はもちろん包丁を使うんですよ。日本の片刃の包丁の切れ味っていうのがスゴいんですよ。洋包丁は両刃なんですけども、片刃の包丁だと、お刺身を切る時に洋包丁で切った時とは旨さが違うんです。これね、細胞の間に入っていくんですよ、スーーッと。洋包丁ですと両刃ですからギザギザギザっと入っていくんですよ。それを最近はついにフランス人とかが気づいたんです。だから日本に包丁を注文するようになったんです。それで、自分で包丁を研ぐわけです。
萩本: 自分で研ぐの?
タモリ: 自分で研ぎます。荒砥っていって粗いやつから、中砥、仕上げのもの(仕上げ砥)があるんです。この荒砥と中砥はだいたい2000円から2200円くらいなんですよ。
萩本: じゃあ自分でちゃんと買ってるのがわかるね。
タモリ: 砥石専門屋に行くんです。
萩本: びっくりされるんじゃない?
タモリ: だいたいどの店に行ってもびっくりされますね。で、仕上げの砥石っていうのがほとんど日本でしか取れない。これが世界的に認められて中国からも仕上げの砥石を買いに来てるんですよ。日本が世界一の本場なんですけども。一番高いやつを見せてもらったんですけど、いくらすると思います?
萩本: うーん、2万?
タモリ: 400万。
萩本: ええ?
タモリ: 400万ですよ。
萩本: 包丁研ぐんだよ?包丁なんて1万円で買えるでしょ?
タモリ: 包丁1万出せば結構いいの買えます。
萩本: それ買ったのね?
タモリ: いや、買いません!(笑) さすがの私も買いません。

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タモリ: 私が買ったのは4万。
萩本: 相当安い。
タモリ: 4万ですよ!
萩本: そりゃ400万に比べるとね?
タモリ: 400万の話しなきゃ良かったなぁ(笑)。それで研いで。研ぎ方もずいぶん習って。研ぐ時も集中力がいるんですよ。同じ角度で行かなきゃいけないですから。まんべんなく切れるようになっているのかをやるんですよ。
萩本: 早く野菜切ってくれない?
タモリ: 野菜の前に一番切れにくいものを切らなきゃなんない。新聞紙を持って、「スーッ」と切れなきゃダメなんですよ。「スーッ」と入っていかなきゃ良い研ぎ方じゃないんですよ。で、悪い研ぎ方をすると、「びり」と(笑)。
会場: (拍手)
タモリ: 拍手をいただけるとは思いませんでした(笑)。長らくご静聴ありがとうございました。「びり」なのか「スー」なのかこれが「びり」の話でした。

タモリは欽ちゃんも「びり」が出てきたことに一瞬気付かなかったほど鮮やかな「びり」の話をよどみなく披露したのです。

「べき」の話

さらに欽ちゃんが「もう」の話を振り、やはりタモリがそれに即座に応えると、欽ちゃんは最後に「べき」の話を振ります。
するとタモリは自分が学生時代、運動神経が抜群だったということを明かします。
短距離の選手として陸上部で活躍していました。このことはたびたび語っているので「大タモリ年表」でも以下のように書いています。

▼陸上部で活動、短距離走(100m、200m)では学年で2位だったが、どうしてもトップの「野田」には勝てなかった。ちなみに50mのタイムは6秒8。

話は、そんな陸上を辞めた経緯に続きます。

タモリ: 担当の教師が「お前は絶対に陸上は無理だ」って言ったんです。100mはこういうふうに、初速からだんだんと早くなってゴールに向かっていくのが陸上なんです。僕のは、50mでピークで、そっからヨコバイなんです。足の運びも才能がないからやめろと。で、僕は高校に入ってきっぱりと辞めたんです。
高校に入った時にブラスバンド部に入ったんです。音楽は元々好きだったんで。
でも心のどっかにスポーツやりたいって気持ちがあったんです。野球もテニスも興味がない。でも今でもそうですけどラグビーを見ると血が騒ぐんです。声が出るんですよ。
それで、ちょうど2年になったときにラグビー部に「織田」っていうのがいたんですよ。で、スクラムをやらせてくれないかって。やめといたほうがいいって言われたんですけども、いや、やらせてくれって。それで放課後にスクラム組んでやったんですよ。
せーの、ゴンって。首が「べき」って(笑)。
それで辞めたんです。