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辞書という自伝

11月3日にNHK総合で放送(元々は昨年、BSプレミアムで放送)されたドキュメント『ケンボー先生と山田先生』*1がめちゃくちゃ面白かったので、それを書籍化した『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』をすぐさま読んだら、これまたべらぼうに面白かったです!

辞書になった男 ケンボー先生と山田先生
佐々木 健一
文藝春秋
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これは、『三省堂国語辞典』と『新明解国語辞典』というふたつの国語辞典をめぐる物語です。
新明解国語辞典』(通称:新明解)といえば、赤瀬川原平の『新解さんの謎』で紹介された独特な語釈が大きな話題となりました。代表的なものは【恋愛】や【動物園】でしょう。

れんあい【恋愛】
特定の異性に特別な愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持を持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。(『新明解』三版)

どうぶつえん【動物園】
生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえて来た多くの鳥獣・魚虫などに対し、狭い空間での生活を余儀なくし、飼い殺しにする、人間中心の施設。(『新明解』四版)

一般的には、この「新解さん」ブームで一躍大ヒットしたというイメージですが、元々『新明解』は国語辞典の世界では最大の売れ行きを誇る辞書でした。そして、同じく大ベストセラーで、同じ小型辞書であり、同じ出版社から(!)出版されているのが、『三省堂国語辞典』(通称:三国)です。
映画にもなった辞書作りを舞台にした小説『舟を編む』でも描かれていますが、一般的に辞書は、複数の人が意見を持ちよって合議により作られていくものだと思われています。けれど、このふたつの辞書に関しては、そうではありません。もちろん、校正担当者などは別にいますが、『明国』はケンボー先生こと見坊豪紀が、『新明解』は、山田先生こと山田忠雄が、ほぼたった1人で語彙の選別、語釈、用例を書き上げて作られたものなのです。
実はこのふたつの辞書は、元々ケンボー先生と山田先生が作った『明解国語辞典』(通称:明国)というひとつの辞書を起源としています。けれど、やがて二人は決別し、別々の辞書を作っていくことになります。
なぜ二人は別々の道をたどっていったのか、というのが本作(『ケンボー先生と山田先生』と『辞書になった男』)の要旨です。
「共著」として二人で一緒に作った『明国』ですが、山田先生からしてみれば、あくまでも自分はケンボー先生の「助手」のような立場だったのだとたびたび述懐しています。二人は元々、大学の同級生。にも関わらず、いつまでたっても「助手」に甘んじていた山田先生が自らの理想を実現するために作ったのが『新明解』だったのです。しかし、ケンボー先生からしてみると山田先生が『新明解』を作ったのは“だまし討ち”に近い、乗っ取られたようなものに映りました。「友人」だった二人は、それ以降、ケンカ別れのようになってしまったのです。
もちろん、この悲劇は、様々な誤解や、周囲の人たちの思惑などが複雑に絡んで起きてしまったものです。
本作は関係者からの話などを元に、その真相を丁寧に紐解いていきます。それ自体も極上の人間ドラマであり、上質なミステリーなのですが、誤解を恐れずに言えば、この手のライバルストーリーは、どこの世界にもよくある話でもあります。
けれど、この話に僕がもっとも惹かれ、興奮したのは別のところに理由があるのです。
以下、盛大にネタバレしてます


それは無味乾燥な解説が書かれていると思われがちな辞書自体が、二人の物語を綴っているかのように記されているということです。つぶさに辞書を読んでいくと、その語釈や用例がまるで二人の人生の機微を追うように書かれているということを著者はつきとめていきます。極端に言えば、もし二人の物語を映画化やドラマ化する際には、原作に『新明解国語辞典』と『三省堂国語辞典』をクレジットしなければいけないんじゃないかと思うほど、「自伝」的な記述があふれているのです。
たとえば、山田先生が編んだ『新明解』(初版)の【実に】という言葉の用例にはこう書かれています。

じつに【実に】
「助手の職にあること実に十七年[=驚くべきことには十七年の長きにわたった。がまんさせる方もさせる方だが、がまんする方もする方だ、という感慨が含まれている]」(『新明解』初版)

お気づきでしょう。まさに山田先生は実に17年もの間、ケンボー先生の“助手”として『明国』などの辞書作りをしてきたのです。
【上】という言葉の用例はこうです。

うえ【上】
「形の上では共著になっているが」(『新明解』三版)

『新明解』には、このような山田先生の心情や事実が如実に現れた記述がいくつも出てくるのです。
中でも【時点】という言葉の用例は象徴的です。

じてん【時点】
「一月九日の時点では、その事実は判明していなかった」(『新明解』四版)

唐突に現れる、「一月九日」という日付。
この日付もまた、重要な意味があるのです。
それは昭和47年1月9日。
その日、ついに発売される『新明解』初版の完成を祝う打ち上げパーティが開かれたのです。そこには、ケンボー先生も列席していました。この時点ではまだ山田先生が新しい辞書を主幹として作ることをケンボー先生は了承していました。ケンボー先生の考えでは「主幹交代制」という理想があったからです。
しかし、山田先生以外まだ誰も完成品を見ていなかったその辞書を初めて見たケンボー先生との間に決定的な亀裂が入ってしまうのです。
その「序文」にはこう記されていました。

このたびの脱皮は、執筆陣に新たに柴田を迎えると共に、見坊に事故有り、山田が主幹を代行したことにすべて起因する。

「見坊に事故有り」。その一文を見たケンボー先生が激怒したのです。もちろん、ケンボー先生にいわゆる「事故」など起こっていません。主幹の交代は、ケンボー先生が常軌を逸したような用例採集=ワードハンティングに熱中し、辞書の改訂作業が滞ったために起きたものでした。大ベストセラー辞書である『明国』の改訂版を出したい出版社と、自らの理想の辞書を作りたい山田先生の思惑、そしてケンボー先生の「主幹交代制」という理想が合致して生まれたものでした。
しかし、山田先生は『新明解』の序文で「事故」というショッキングな単語を用いて主幹の交代を説明したのです。

じこ【事故】
事件。故障。(『三国』初版)

ケンボー先生が編んだ『三国』の語釈のとおり、「事故」といえば一般的に「交通事故」のような事故を思い浮かべます。ケンボー先生もそのようにとって激怒したのです。しかし、山田先生は別の意味で「事故」という言葉を使っていました。『新明解』の語釈にはこう綴られています。

じこ【事故】
(二)その物事の実施・実現を妨げる都合の悪い事情。(『新明解』初版)


このような皮肉な誤解が元で断絶してしまった二人は、『新明解』と『三国』というそれぞれの辞書作りに邁進していきます。
『新明解』は語彙の選別は慎重で保守的ですが、【恋愛】の語釈に見られるように、語釈は比較的「主観的」で「長文・詳細」。
対して『三国』は新たな語彙の採用は積極的で「現代的」ですが、語釈は「客観的」で、「短文・簡潔」。
たとえば【恋愛】であれば「男女の間の、恋いしたう愛情(に、恋いしたう愛情がはたらくこと)。恋」*2。冒頭に引いた『新明解』の元と比較すると「客観」「簡潔」なのは明らかです。
『新明解』初版が出版された2年後に出版されたケンボー先生の『三国』第二版。客観性を貫いているこの辞書に異彩を放つ用例が掲載されています。


「山田といえば、このごろあわないな」(『三国』二版)


数十年を経ても、二人はなお絶縁状態でしたが、山田先生は、体調を崩していたケンボー先生の病状を気にかけていましたそうです。
山田先生の“遺作”でもあり、彼の死後、出版された『新明解』第五版では、【恩人】という言葉の語釈が書き換えられています。
第四版までの語釈は「恩を受けた人。世話になった人。」という簡潔なものでしたが、第五版では、山田先生らしい「長文・詳細」解説になっています。

おんじん【恩人】
危機から救ってくれたり物心両面にわたる支援の手を伸べてくれたり発奮の機会を与えてくれたりなどして、その人がその後無事・安穏に暮らしていく上に与って力の有った人。(『新明解』五版)

そして、冒頭に引用したように「助手の職にあること実に十七年」と、長きにわたって「助手」であったことへの恨み節とも取れるような用例が書かれた第三版までの【実に】という言葉の用例も、第四版で書き換えられているのです。

じつに【実に】
「この良友を失うのは実に自分に取って大いなる不幸であるとまで云った」(『新明解』四版)

ケンボー先生は晩年、周囲の人たちに漏らしていたそうです。
「私は、山田君を許します」と。

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*1:ATP賞最優秀賞

*2:ちなみに2008年の『三国』第六版以降、「恋」は異性間に限らないということで「男女の間」という記述は削除されているそうです