立川談志の業


立川談春による名著「赤めだか」には以前も紹介したとおり、印象的なエピソードが満載だが、彼の初めての立川談志体験の模様も当然描かれている。
それは中学生の時。同級生たちと上野鈴本へ落語を聴きに行くという企画があったという。
そこに登場した談志は、他の芸人とは明らかにオーラが違っていたという。
その高座の枕で談志は以下のように語ったという。

落語っていうのは他の芸能とは全く異質のものなんだ。どんな芸能でも多くの場合は、為せば成るというのがテーマなんだな。一所懸命努力しなさい、勉強しなさい、練習しなさい。そうすれば必ず最後はむくわれますよ。良い結果が出ますよとね。

そこで、談志は「忠臣蔵」を例に出す。普通の芸能では当然、四十七士が主人公だ、と。しかし、赤穂藩には家臣が300人近くいた。つまり、他の250人ほどの家臣は、敵打ちにいかなかった。逃げちゃった。47人やその親族は尊敬をされただろう。一方で、他の250余人はどんなに悪く言われたかわからない。

落語はね、この逃げちゃった奴等が主人公なんだ。人間は寝ちゃいけない状況でも、眠きゃ寝る。酒を飲んじゃいけないと、わかっていてもつい飲んじゃう。夏休みの宿題計画的にやった方があとで楽だとわかっていても、そうはいかない。八月末になって家族中が慌てだす。それを認めてやるのが落語だ。


ところで、10月24日に放送された「とんねるずのみなさんのおかげでした」で放送された立川志の輔爆笑問題の「食わず嫌い王選手権」の中では、何度となく語られているであろう志の輔による立川談志伝説をふんだんに紹介していた。
その中で個人的にもっとも印象的だったのが、志の輔が談志を車に乗せ東北まで行った時の話だ。

師匠は助手席に乗るんですよ。後部座敷じゃなくて。
それで東北の方までずーと、運転して行ってたんですよ。
そしたら、とにかく横で「飛ばせ! とにかく飛ばせ! 赤信号なんてどうでもいい!」って言うわけ。
だから夜中そうやって飛ばしてたら、かなりの(スピード)オーバーなわけですよ。
そしたら、パトカーが来て「前の車、左よってぇ」って言われて「師匠、捕まっちゃいました」「うん、いや、いい。俺が何とか処理するから、口答えはするな」って言うわけ。
で、車止めて、窓のところからお巡りさんが「ちょっと出ていただけますか?」それで、後ろのパトカーのところに行ってスピード違反。即、赤切符で。
「師匠終わりました」「あ、そう。大丈夫だから。明日、俺がね、この近くに元防衛庁長官がいるから、何とかするから」。
それで、翌日、その元防衛庁長官っていう人の事務所まで行くわけですよ。
「で、何が必要なんだ?」「ええ、免許証と切符が必要だと思うんですけど」「あぁ、そう。じゃあ、俺が話してくるから」って、上あがって行って、それで降りてきて、一時間後くらいに。
「うん、処理しといたから」って。あ、すっごいなぁ、って思って、それで東京に戻ってきて、一週間くらい経ったら自宅のポスト開けたらちゃんと、もちろん来てるわけですよ。「あなたは免停です」って。
なんだよぉ、なにが「処理しといたから」だよぉ。
「師匠すみません、やっぱり免停の知らせが来てしまいました」「あ? 何の話だ? この前のスピード違反? あ、あれはちゃんと処理したんだよ」ってすぐそこへ電話してくれて。
「ああ、もしもし、俺だけど。いる? あのね、この前の弟子のスピード違反の件ね、なんとか処理してくれたんだよね? うん、うん……、いや、出来ないとかそういうことじゃなくて。うん、うん……、やってくれよ。弟子の手前、弟子に処理したって言ったんだよ。うん、戻してくれよ。いや、コンピューターとかそういうんじゃなくてさ、戻してくれよ! 頼む。頼むよ」って言ってくれて。
でも、どれだけ頼んだって出来るわけはないんですよ。

最後に「凄い一言だったね、あれは」と志の輔が思い起こす捨て台詞を談志は吐く。

防衛庁長官がスピード違反ひとつモミ消せねぇで国が守れるかっ!」って言った(笑)。
めちゃくちゃですよ。
ガチャンって電話切ってから「志の輔、言うだけのことは言った!」と(笑)。

まさに落語だ。
先に紹介した談春が聴いた高座の枕の締めで立川談志は、落語の本質を一言で表現している。

落語とは人間の業の肯定である

立川談志こそ、落語の中の住民だ。落語の中で生きている。<関連記事>
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