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「アメトーク」における山崎邦正の大きな功績

現在発売中の「クイック・ジャパン79」は、「アメトーーク」特集。
その中で、番組プロデューサー加地倫三雨上がり決死隊とともにインタビューを受け、番組を振り返っている。
03年から始まったこの番組は、もちろんはじめから今のような形ではなかった。
当時、芸人をゲストに招いてトークする笑福亭鶴瓶らの「いろもん」が終わって、まだ時間が経ってないこともあり、加地は「それとは差別化した」かった。そのため、加地は「芸人じゃない方向でやろう」と考えていた。だが、芸人好きで「いろもん」大好きの蛍原は、芸人に餓えはじめていた。
そして最初の転機が訪れる。
それが、第10回のゲストとして呼ばれた江頭2:50だった。
その後、ほどなくしてダチョウ倶楽部(第16回)が登場し、対芸人という番組の流れを決定づける。
そして、第53回の「メガネ芸人」で、今主流の括り企画で、笑福亭笑瓶が「〇〇メガネ」というワードを言い放ったことがきっかけとなり、大きな波を作っていった。
こうして見ると、「アメトーク」のターニングポイントには必ず、ベテラン芸人が重要な役割を果たしていたことが解る。


では、山崎邦正はどうか。
今では多くの視聴者が記憶の片隅にしか残っていないかもしれないが、番組初期は、毎回ラストに山崎邦正が登場するコーナーがあった。それがいつしか(第85回まで)なくなっていく経緯はどんなものだったのか、あるいはこのコーナーはどのような意図を持って作られたのか、3人が振り返る。

加地 「番組の開始当初はゲストが芸人じゃなかったので、真面目になっちゃう回もあるかもしれないと予想したんです。そこで、雨上がり決死隊という芸人さんのトーク番組なんですよ、バラエティ番組なんですよ、という色づけをするために邦正さんのコーナーを入れました。『アメトーク』にとってのお笑いの保険的存在。もちろん邦正さんが面白いから成立するわけですが。いわゆる『さんまのまんま』でいう、まんまちゃんコーナーみたいになればいいなと思ってやっていたら、徐々に芸人さんの登場頻度が増えてきて、邦正さんのコーナーだけ数字も下がりだして……」


宮迫 「(笑)」


加地 「コーナーが変わると、どうしてもその区切りで数字は下がるんですけどね。ただ、番組公式サイトのBBSでも『あれは必要なのか?』という激論が交わされたりして……。邦正さんも邦正さんで『俺はスーツを着て真面目にテレビに出る』とか言い出した時期で。それらが重なって、お互いに前向きな解散となりました(笑)」


宮迫 「長い付き合いやから、そこは『兄さん、さよなら』ですね(笑)」


蛍原 「終わるってことも面白い人やし」


加地 「たぶん、邦正さんもいろいろなパターンをやりきったと思うんです。だから、普通にゲストとして出てもらったほうがいいんじゃないかと。まあ、それ以降、3回くらいしか出てないですけど(笑)」


宮迫 「最初の頃は、『よっしゃー、(ゲストと)ええトークできたー!」っていう回があまりなかったから、ザキさんとのコーナーでワーっとふざけあうことで、精神的なバランスをとらせていただいていた部分が本当に大きい」


加地 「そして番組が独り立ちできるようになったので、邦正さんに離れてもらったという」


宮迫 「この番組にとって、一番カッコイイ存在なんです」

ところで、「QJ」の次号予告には、「モヤモヤさまぁ〜ず2」ってなってるけど、「神さまぁ〜ず」も併せてやってほしいなぁ。