宝の地図

45年前の1977年10月20日、伝説の番組が誕生しました。

1977年10月20日ラテ欄朝日新聞

アメリカ横断ウルトラクイズ』の『第1回』のラテ欄です。
こんなわけのわからない紹介文の番組を、まだ情報も乏しくビデオも普及していなかったのにもかかわらず、不思議なことに、80年代後半に頭角を現すクイズプレイヤーのほとんどが、リアルタイムで“目撃”していました。
『第13回』王者となる長戸勇人もそうでした。まだ小学6年生の時、釘付けになりました。
けれど、真の意味で長戸少年を“変えた”のは、翌年の『第2回』の放送でした。『第1回』は、あくまでも「日本テレビ開局25周年特別番組」。そもそも正確には『第1回』と銘打たれていません。一度きりで継続するなんて思っていなかったのです。
『第2回』があったことで、続くんだ!と思い、『第3回』で自分もこの番組に出たいと強く思うようになりました。

同じ気持ちの仲間

そうして長戸少年はクイズを「始める」のです。
クイズを「始める」というのは少し違和感のある言葉かもしれません。クイズはテレビなどでやっていれば、一緒に答えてみたり、何かしらのゲームのような一環として遊ぶもの、というのが一般的。積極的に「始める」ものではないからです。
しかし、野球やサッカーといったスポーツや吹奏楽やバンドなど楽器を本格的に「始める」人がいるのと同様にクイズを本格的に「始める」人たちが確かにいるのです。

長戸少年が、クイズを「始める」にあたり、真っ先にやったことは奇妙なことでした。
それは「新聞配達」。
新聞をいち早く呼んで見聞を広めるため――ではありません。当時まだ一般には普及していなかったビデオデッキをお金を貯めて買うためです。クイズに勝つためにはクイズ番組を録画し繰り返し観ることが不可欠。当時のクイズ界でも極々わずかな人を除いてやっていなかったことを中学生がいち早く気づき実行していたのです。先見の明ありすぎ!
さらに高校に入ると彼はクイズに勝つために「落語」サークルに入ります。
古典の世界を知り知見を得るため、でももちろんありません。その理由は『史上最大の木曜日』を是非、お読み下さい。

そうして、長戸少年は『アップダウンクイズ』「新高校生大会」に出場します。
長戸少年は、自分のように真剣に「クイズをやっている」高校生なんていないと思っていました。だから圧勝すると確信していました。
しかし、長戸少年を凌駕する少年がその大会には出ていました。
それが加藤実。「消えた天才」というべき存在です。
そして、青木紀美江という彼らにまさるとも劣らない実力者もいました。
これをきっかけに、長戸・加藤・青木の「クイズ」を通した交流が始まっていくのです。

宝の地図を拾って解読しようとしていたら、向こうから同じ地図を持った奴がやってきた
長戸は加藤との出会いをそんな風に感じていた。クイズを知り、クイズに魅了され、クイズで通じ合う得難い“同士”だった。
こいつと、離れてはいけない。こいつとは、一緒にいなければならない。
長戸はそう直感した。この時、長戸勇人は15歳だった。
(『史上最大の木曜日』より)

やがて大学に入ると「クイズ」の同士たちの輪がどんどん広がっていきます(参考:大学お笑いサークルと大学クイズサークル - てれびのスキマ )。
『史上最大の木曜日』は80年代の「クイズ」界を舞台にした物語ですが、文化系サークルの青春を賭けた普遍的な群像劇です。誰もが思い当たる熱さがあるのではないかと思います。

書籍の担当編集は、本書の原稿を読んで、THE BLUE HEARTSの名曲「街」を思い出したと言っていました。歌詞はこちら

同じ気持ちで爆発しそうな仲間と きっと会える

史上最大の木曜日』はそんな物語です。

本書の監修を務めていただいた長戸さんからはこんなコメントをいただきました!

実質無料

最高の表紙イラストを描いてくれたのは、人気イラストレーター・電Qさん!
80年代的なレトロな感じと、新しさが同時に存在するその画風が、本書に命を吹き込んでくれています。
本文に書かれたモチーフが細かく描かれていて、本文を読む前と読んだ後で味わいが変わるものとなっています。

さらに!
本書には人気絵本作家・イラストレーターの大串ゆうじさんによるマップイラストのポスターが封入されています!
『第13回』の名シーンがマップとともにものすごい描き込みで描かれています!

封入マップと本書の背表紙

まさに宝の地図のよう!

ハッキリ言って、このお2人の“作品”が手に入るだけで、本書の値段の価値はあります!
いわば、本文はおまけ。実質、無料!
他にも手にとってわかる仕掛けがまだまだありますので、是非!