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樹木希林の殺意

映画ファンならずとも、昨年の*1の「日本アカデミー大賞」の選考に唖然となった記憶が残っている人は多いだろう。それ以外の多くの賞レースで賞を総なめにしていた「それでもボクはやってない」をほとんど無視し、主催の日テレが出資した「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」がほとんどを独占するという理解しがたい結果*2だった。


もちろん、「東京タワー」も松尾スズキの脚本を読んだ関係者からの前評判は高かったし、オダギリジョー樹木希林ら役者陣は好演していたものの、「それでもボクはやってない」を押しぬけて賞をほぼ独占するのはとても納得のいく選考*3とはいえなかった。


その授賞式の微妙な空気はテレビ中継を見た人ならよく覚えているのではないか。
松尾スズキの場違いな場所にいるという居心地の悪さ丸出しの表情、奇抜な衣装でやってきて苦笑いしかできないオダギリジョー……。
そしてそれに拍車をかけたのが樹木希林だった。
彼女は「私なら違う作品を選ぶ」「半分くらいしか出演していないのに(最優秀主演女優)賞をいただいてしまって申し訳ない」「帰りたい」「もう酔った」「組織票かと思った」など奔放な発言を連発。さらに「この日本アカデミー賞が名実共に素晴らしい賞になっていくことを願っております」と皮肉たっぷりに語っていた。


さて、「hon-nin vol.08」の吉田豪の連載「hon-nin列伝」で樹木希林はこの映画について以下のように語っている。

樹木 「だけど、リリーさんの原作はホントに名作だと思うのね。だから、それを表現するのにもう少し幅のある撮り方をしていいんじゃないかなと思ったから、不満が残ってるけど」
吉田 「やりたいように演じられなかった、みたいな話はされていましたね」
樹木 「そうだね。だって死ぬシーンを撮りたい人と、生きてるシーンを演じたい人とがやってるんだから。『結果的には死ぬけど、生きてないとね』って私は言ったんだけど、『いや、十分生きてますよ』って言うから、『そりゃ生きてるけどさあ!』って」
吉田 「ボクも映画を観て、不満は正直な話、感じました。(松尾スズキの)台本を読んだ段階では、確かに面白かったんですけど……」
樹木 「私も全然不満です。もう……『ああ、こういうことになっちゃったか』って思ったら、絶対にもう観ないから。たまたまあなたはリリーさんを知っててオカンを知ってたからハッキリそういうふうに言ってくれるけど、知らない私も、そうじゃないだろうなっていうのをホントに思ってて……もう爆笑に次ぐ爆笑の平成の名作ができるはずだったのよ!」
吉田 「悲しさよりも面白さを出したほうが、最後はより切なくなりますよね」
樹木 「それは何もオッパッピーとかやるんじゃなくて、ホントになんでもない子供との食い違いとかを、おかしくてしょうがなくできるのに、それを撮らないっていうか、撮れないっていうか、そこらへんが見えないっていうか、見てくれないというか。なんでもないおかしさっていうのは、なかなか演じきれないものだけど、それができる資質の役者を持ってきてるんだからねぇ……。そういうときに殺意っていうのが芽生えて(あっさりと)」
吉田 「殺意も芽生えたんですか!」
樹木 「だから私は監督に『あのね、どこかであんたが刺されて死んだら、犯人は私だから』って言ったの。
吉田 「ダハハハハ! 殺人予告まで!」
樹木 「だけど、終わっちゃえばもうべつにいいんだけどね。いま急に思い出したからこういう話になったけど」
吉田 「ボクも実は映画のエキストラで出ていて、麻雀のシーンだったんですけど、設定が八十年代末だったから、その時代に合わせつつ、リリーさんが美大生だから、その同級生っぽい恰好で行ったんですよ。そしたら普通の白のランニングに着替えさせられて、首にタオルを巻かれて、髪も黒くされて、なんか戦後間もない感じにされちゃったんですよね。『えっ、美大生の友達だから絶対にこういうのいますよ」って言っても、全然「いやいや、ダメだから』って言われて」
樹木 「……もう一事が万事それ!」
吉田 「しかも当時一緒に麻雀してた仲間の人も、当時着てた服で来てるのに、『その服はおかしい』って言われて、『いや、俺は本人だから!』って(笑)」
樹木 「分かる! ……ホントにカーッとしてくるからもうあれだけど」
吉田 「思い出し怒りが(笑)」
樹木 「だからそれ以来ずっと、会って挨拶されても全然顔は見ないもの。……どうやって生きてきたかを書いてあるじゃん、本に! それをねえ……もう!」
吉田 「その感情が、日本アカデミー賞のときに思いっきり出たわけですか」
樹木 「感情というよりも……うん、そんなに評価されるほどのものではなかった。だからマイクで『おめでとうございます。監督賞はちょっと余計だなあ』って言ったわけ。もう終わったことだからいいんだけど。あれに関わった人たちの思いを考えると、もったいなかったなっていうのが本音だわね。一番そう思ってないのはあの先生だから。一番そう思ってもらいたい人が全然思ってないところに出くわしたから。それもまたビックリしちゃうのよ。本人が『いやあ、ホントにもったいなかったな』って言ってるならこんなこと言わないけど、本人は『いや、どこが?』ってことだから。世の中でよく不満を持ってる人がいるけど、そういう気持ちも分かるな。台本が非常にノーマルな運びでね」
吉田 「松尾さんらしくないぐらいに」
樹木 「それにちゃんと乗っかっていけるはずなのに。それ撮ってくれればなんでもなくいけちゃうのに……」

さすが樹木希林といえる強烈な発言の数々。とても刺激的だ。


しかし、このインタビュー記事の最大の読みどころは、こういった発言ばかりではない。
彼女の子供時代の話だとか久世光彦との関係や内田裕也岸田森との結婚生活の話などその劇的な半生もまた面白いが、それ以上に彼女が真骨頂を発揮したのは、そのインタビュアーキラーっぷり。
まず、写真の撮り方に怒り、「あなたはどう思った?」と質問返し、ギャラを聞くと税金の計算が面倒だからいらないと言う。さらに自分の歴史を振り返るという内容に、「(こんなの)面白いの?」と聞き、インタビュー終盤には吉田豪の「本人以上に本人を知っている」という評判を逆手に、まだどこにでも出てる話しかしていないとハードルを上げ続け、最後にこのままじゃつまらないからお土産(自分の知らないことを指摘するような話)が欲しいという。
日本屈指のインタビュアーである吉田豪を困らせ、プレッシャーをかけ続けるその言動は読んでるこちらが冷や汗を流しそうになるほどで、とても刺激的すぎてヒリヒリして、面白かった。


hon-nin vol.08  東京タワー オカンとボクと、時々、オトン(2枚組)  ザ・シナリオ 東京タワー オカンとボクと、時々、オトン

*1:08年2月発表

*2:特にその前年、大手映画会社以外の作品である「フラガール」が受賞し、もしかしたらまともになったのか? と思った後だから尚更がっかり感が大きかった。

*3:しかもなぜかその中で唯一オダギリジョーが受賞を逃すという謎。

明日のラテ欄とか

明日のイチオシ

24:10〜24:50 『トップランナー』 NHK総合
映像ディレクター 古屋雄作
『温厚な上司の怒らせ方』『スカイフィッシュの捕まえ方』など「日本一くだらなくてばかばかしい」オリジナルDVD作品の企画・制作・演出全てを手がけている。
作品の特徴は「フェイクドキュメンタリー」。一般の人々を取材するドキュメンタリーの手法を取りながら、中身は全部大嘘。しかし計算尽くされた演出で、見る人はリアルとフェイクの境目の面白さを堪能する。
「“それらしい”演出」の鬼才・古屋雄作の創造性に迫る。

これも見逃せない

22:00〜23:00 『UFC IS BACK! 〜UFC名勝負選〜』 WOWOW
アンデウソン・シウバ vs ダン・ヘンダーソン  岡見勇信 vs エヴァン・タナー マット・セラ vs ジョルジュ・サン・ピエール

エヴァン・タナーの哀しすぎる最期の試合。合掌。