笑福亭鶴瓶が自然体でいられる理由

もし「現在、現役のお笑い芸人の中で、最も凄いのは誰か?」と訊かれたら、僕は迷わず、笑福亭鶴瓶と答えると思う。
そんな鶴瓶を特集した「SWITCH(2009年7月号)」はここ最近数多く発売されたテレビ、お笑い関係の書籍の中でも出色の出来だった。
この特集の中で繰り返し語られるのは、鶴瓶の人心掌握術、あるいは人間力の凄さだ。
冒頭から描写されるエピソードも実に鶴瓶らしい。
密着取材中、携帯電話にかかってきた電話の相手は、「家族に乾杯」のロケで出会った素人。
独特の丁寧なトーンで対応し、「さきほど録らせてもらった映像は、僕が責任を持ちますので安心してください」と言って電話を切る。
他にも、30年くらい前、大阪でロケをしたとき、トイレを借りた時に知り合った美容室の人とのいまだに途切れることのない交流も語られている。
そうやって、人との出会いを大切にしている彼は「特産物が送られてくる。そのお礼を送るとまた送られてくる。これだけで一生食っていけるくらい」と笑う。
特集では様々な人が鶴瓶の魅力を証言しているが、みんなその驚異的な人間力について口々に語っている。

彼は人間が大きいよね。そして人にスッと入っていける。あれが僕には出来ない。僕は人間がちっちゃいし、どちらかと言うと軽く人間が好きじゃない(笑)。人見知りで、まず人を否定するところから入る。(略)本当に全体的な人間力で彼には勝てないと思いますよ。(タモリ

彼に接した人たちがなぜたちまち友だちになってしまうかというと、彼が人間を観察する優れた能力を持っているからだと思う。相手は「この人は自分をちゃんと一人の人間として見てくれている」と分かるから、すぐに心を開くんでしょうね。(山田洋次

見本というか、みんなお笑いやる上で、最終的にあんなふうになりたいんじゃないですかね。ただなれないですけどね。あの人はあの人だからああなったわけで。だって年々面白いですもんね。年とってボロボロになったらもっと面白いんだろうと思いますよね。(さまぁ〜ず大竹)

世間はみな繋がってるんですよね。私たちも、ほんの些細な出会いを大事にしていけば、驚くような繋がりを知ったり、笑っちゃうような不思議な偶然に巡り合えるのかもしれない。だけど、さすがに面倒だと思い、なにもそこまでしなくても、と通過の毎日を送ってる。私よりもはるかに多くの人に、毎日会っている鶴瓶師匠なのに、目の前の一人一人を大事にして、その人が喜べばいいなあ、と親切に接している。それが数々の思わぬ面白い展開を見せていく。
皆さんも、会えば分かりますよ。鶴瓶師匠と話していると、「あれ、この師匠は世界中の人と繋がってるんじゃないかな? 地球の中心は、この人なんじゃないかな」って思いますよ(笑)。(立川志の輔


よくナインティナインの岡村などが鶴瓶が言ったという「笑とけばエエねん」を引用し、“悪瓶”などと称する。これは、裏返せば、彼の笑顔の奥に、強い反骨精神が垣間見えることによるのだろう。実際に、この特集の中でも若き日の尖ったエピソードを語っている。
それは若手芸人の運動会のような番組でのこと。
ディレクターからあるゲームへの参加を促されるが、「みんなやってる」といわれても断固拒否した。
「自分の名前がちゃんと成立して、この人はこれをやってることに意義があるということが成立するんだったらやるけど、今やっても意味がない」と。
その当時の自分について、鶴瓶はこう語る。
「なりたい(自分)というものではない。やりたくないものがわかっていたということ」
鶴瓶は、そうして遠回りしながらも、現在の地位まで登りつめた。


「人間というのは、本当はみんな誰しも面白い
実際に起きたこと、今起きたことが一番面白い
というのが、鶴瓶の持論である。いや、持論というよりも信念に近いのかもしれない。
「笑いというのは、笑うから笑いというだけではない。全体の生活とすべての繋がり、すべて自分自身のものというのが面白い」。だから人との関わりを全く厭わない。


振りかえると父親もそういう人だったのだという。家にいつもいろんな人が集まってきてた。
父親が町内会で慰安旅行を企画し、その時近所の子に「また連れってってや」と言われた時に、父親がすごい喜んだのが印象に残っている。それが鶴瓶の信念の基になっている。

俺に話しかけるとき、ちょっとみんな笑てはるやろ。山田洋次さんが『いいよなあ、鶴瓶さんは。寄ってきたら、みんな笑ってる』って言ってた。俺、それ、望んでたんやもん。若いときから。自然にしてるというよりも、目指さないとできない。子供が『ツルベ!』って言ってくれるのは、『ツルベ!』って言ってもらおうと思ってやってることなの。だから自然じゃないよね。だけど、そうやってることが38年続くと、もう自然なの。だからよう言うの、俺、ホンマにどんな性格かもわからんようになってもうたって。

「人間って、もうね、五十過ぎたらどれが実体かわからんことで出来上がっている」と言う。こうして、常に「自然体」という名の笑顔で人を引き寄せる笑福亭鶴瓶ができあかったのだ。

SWITCH vol.27 No.7(スイッチ2009年7月号)特集:笑福亭鶴瓶[鶴瓶になった男の物語]
新井敏記
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