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タモリタモリにとって「タモリ」とは何か?』

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コントに捧げた内村光良の怒り

コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方 (コア新書)試し読み
PR対談
皆様の感想

1989年のテレビっ子

1989年のテレビっ子 -たけし、さんま、タモリ、加トケン、紳助、とんねるず、ウンナン、ダウンタウン、その他多くの芸人とテレビマン、そして11歳の僕の青春記試し読み
概要
皆様の感想

 

大人のSMAP論(共著)

大人のSMAP論 (宝島社新書)

人生でムダなことばかり、みんなテレビに教わった

人生でムダなことばかり、みんなテレビに教わった (文春文庫) 

最高に幸福な一日

鶴瓶です…
見知らぬ番号からかかってきた電話をとって、その電話口から聴こえてきた声に驚愕しました。
これが噂に聞く、鶴瓶さんからの直電話!
一気に汗が吹き出ました。
もちろん『笑福亭鶴瓶論』を出版したからには、そういう方だと当然分かっていましたし、正直言ってそうしたリアクションをしていただけるかも、とは思っていました(鶴瓶さん側には今回の出版に関して寛大なご配慮とご協力をいただいていたので、僕の連絡先もご存じであることは分かっていたので)。
でも、ホントにマネージャーさんも何も通さず突然かかってくるとは、と驚くとともに、感激しました。
お電話では、これから収録する『きらきらアフロ』で『笑福亭鶴瓶論』のことを話すかもしれないということをわざわざご報告いただくという、何重にもありがたいお話。
その後、「どこ住んでんの?」など聞かれ、軽く雑談を交わし心臓の高鳴りが抑えられないまま電話を切りました。
ふと一息して、あ、これはもしかして「来れる場所に今いるなら、来てもいいよ」ということではないか、と思い至りました。
そう思い始めたらもう「鶴瓶イズム」で行くしかありません。
すぐにマネージャーさんに連絡を取り、行っても大丈夫かを確認し、押しかけるように行くと、鶴瓶さんは満面の笑みで迎えてくれました。
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そして、8月30日深夜放送の『きらきらアフロ』。
松嶋尚美さんとのトーク鶴瓶さんは以下のように紹介してくれました!

鶴瓶: 最近、俺の本が出たんよ。
松嶋: 俺の本?
鶴瓶: 『笑福亭鶴瓶論』言うの。鶴瓶さん出さはったん?って言うから、そんなん俺出すか? よう考えてください。『笑福亭鶴瓶論』っていう本を俺が出したら頭おかしいやん(笑)。俺は本なんか出さへんし、アレやけど、出す言う人がいはって、ええから勝手に出してって。いろんな雑誌のやつを全部調べはったんやろうな。それで出てるわけ、今。『笑福亭鶴瓶論』って。
松嶋: なんて書いてあんの? (帯を見ながら)スケベでもある…?
鶴瓶: スケベでもあんねんやろうけどね、この人がいろんなものを調べはったんやろうな、これ。『タモリ論』(※正しくは『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』です)を出してはる人や。
松嶋: あ、『論』が好き!(笑)
鶴瓶: 麻雀屋のおっさんやないんやから! 何が「ロンが好き」や!(笑) 違うがな、ホンマに簡単に言うなあ……。俺はホンマにな、お前論を出したいわ!(笑)

その他、カットされていましたが、「一般の方から電話がかかってきて、あの本のここが感動しましたって言われる。知ってるっちゅうねん! 俺の話や!」みたいなこともおっしゃっていました!


収録が終わり、ふわふわと地に足がつかない感じで帰宅すると、郵便受けに信じられないハガキが入っていました。
差出人は、高田文夫先生!
実は8月11日の『高田文夫のラジオビバリーヒルズ』で、高田さんが、「今読んでんだよ。凄いんだよこれ、1冊丸々鶴瓶ちゃん」と『笑福亭鶴瓶論』を紹介していただいたのですが、そのお礼の手紙を書いたところ、わざわざ直筆のお返事をいただいたのです。
もちろん、その細かな内容は言えませんが、笑いをまぶせつつ、これまでの著作を読んでいただいていることや、自分にとって今後の指針となる宝物のようなありがたい金言をいただきました。


本当にこの日、人生にこんな幸せな日があるのかってくらい幸福な一日でした。
長州力風に言えば「俺の人生にも、一度くらい幸せな時があってもいいだろう」。
その翌日、変なところに力が入っていたのか、左肩の激痛に悩まされることになってしまいましたが……。


さらに、この『きらきらアフロ』が放送された日にちょうど急遽開催された文化シャッターBXホールでの「笑福亭鶴瓶落語会」。僕は抽選に外れてしまったのだけど、当選した方から誘っていただき行くことができました!
演目はオープニングの鶴瓶噺から、一席目は文枝作の「悲しみよありがとう」、二席目は古典「妾馬」、三席目「山名屋浦里」とたっぷり堪能。二席目、三席目は複数回聴いてるけど、聴けば聴くほど良い。
そして、そのオープニングトークでも結構な時間を使って『笑福亭鶴瓶論』のことをお話してくださいました!
終演後、ご挨拶に伺うと、なんと打ち上げの食事会にも連れて行っていただきました!
僥倖!
ホントに幸福感溢れる楽しい空間でした!


その『笑福亭鶴瓶論』、お陰様で現在、4刷り!
好評発売中です! Kindle版も出ましたので、お好みに合わせて是非!

笑福亭鶴瓶論 (新潮新書)
戸部田誠(てれびのスキマ)
新潮社
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恩讐の果に

今、僕はとても恵まれている立場にいると思います。
今時、テレビのことを真正面から書く書き手がほとんどいないというスキマにハマって、自分の実力以上に仕事をいただいているし、それによって経験も積んでまがいなりにもプロのライターと言えるようにもなりました。自分の嫌なことや興味のないことは書かずにすんでいるし、自分の好きなことを程よい若干ユルめのペースで書けている。
ありがたいことに書籍も2014年3月『タモリ学』での書籍デビュー以来、約3年半で7冊(うち共著1冊)という理想的な出版ペースだと思う。
周りにも恵まれ多くのチャンスをいただいてます。
だから、今の状況は理想的だと思う一方で、正直、ヌルいのではないかという危機感もあります。今はいいけど、このままではこの先、5年後、10年後はないのではないかと。
もう一歩踏み込んで、厳しい目にさらされる場所に行かなければならないんじゃないか。
そんな決意と覚悟を持って書いたのが本日発売された『笑福亭鶴瓶論』です!

笑福亭鶴瓶論 (新潮新書)
戸部田誠(てれびのスキマ)
新潮社
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編集を担当してくださったのは数々の大ヒット新書を手がけてきた金寿煥さん。
デビュー以来、一緒に仕事をしたいと思い願っていた方。と同時に、組むのは恐くもありました。金さんと組んで鳴かず飛ばずの本を作ったとしたら、どう考えても自分の実力不足が露呈されてしまうからです。
そして、僕にとっては、ひとつ因縁(という言葉が適切か分かりませんが)もあります。
金さんは樋口毅宏さんの『タモリ論』を手掛けた方でもあるのです。
タモリ論』は、2013年7月に発売され、大ヒット。
ありそうでなかった企画であり、発売のタイミングも含めて、樋口さんはもとより、編集者の力を感じました。
このヒットを受け、さらに『笑っていいとも!』終了に伴い、数多の「タモリ本」が発売されました。
僕の『タモリ学』もそのひとつと言えるでしょう。

実際には、『タモリ論』発売のかなり前から(おそらく『タモリ論』の企画前から)企画が進められたのですが、僕の遅筆が原因で先を越されてしまい、僕の『タモリ学』は、“便乗本”の誹りを受けることになりました。一方で、無名の新人のデビュー作にもかかわらず現時点で4刷りを果たしたのは、タモリさんというテーマ自体が魅力的なのはもちろんですが、間違いなく『タモリ論』ヒットの恩恵を受けているのだと思います。だから勝手に恩讐半ばの感情があったりします。
で、当時の遅筆の原因のひとつは僕に別の本職があったからです。遅々として進まない中、『タモリ論』出版の話を聞いて焦った僕は追い込まれた末、安定した収入が得られる仕事を辞めました。つまり、僕が仕事を辞めた原因の一端は金さんにあるのです!(責任転嫁)
と言いつつ仕事を辞めたことに後悔は少しもなく、むしろ間接的に恩人と言って過言ではありません。
そういった意味でも、絶対に“売りたい”と思いました。
そう、今回の本は誤解を恐れずに言えば“売りたい”本なのです。
(そういうと、今までの本が“売りたい”と思っていなかったように捉えられてしまうかもしれませんが、もちろんそんなことはなく、ニュアンスを汲み取っていただけるとありがたいです。)

だから、発売前に重版が決まったのは本当に嬉しかったです。が、一方でプレッシャーが大きくなったのも事実。
通常は書店に並び、それが売れたから書店から注文が来て、重版が決まるという流れ。今回は、そうではなく、事前の書店からの注文が予想より多かったから重版が決まったもの。つまり、実際に売れるかどうかは未知数。大量に売れ残って返品の嵐だったらどうしよう……、そんな不安が押し寄せてきます。
でも、内容には自信があります!
後はいかに手にとって読んでもらうか。
そのために自分ができる限りのことをしたいと思います。
本書のテーマこそまさにそれ。
「人見知りしない。時間見知りしない。場所見知りしない。そこに対していかに助平であるか」
そんな鶴瓶さんの言葉を通して、スケベに生きるとはどういうことかを書きました。
だから、スケベに“売りたい”。
正直、プロモーション活動は苦手な場所。でもそれにひるまずやっていこうと。

というわけでまず、本書のベースとなった連載「鶴瓶のスケベ学」を掲載していた「cakes」にて、「笑福亭鶴瓶クロニクル」と題して、誕生から弟子時代までの年表を5回にわたって掲載します。
1回目、誕生から幼少期まではこちら 
cakes.mu

そして、8月20日に下北沢B&Bで、細田マサシさんを司会に明石家さんまフリークのエムカクさんとイベントを行います!
passmarket.yahoo.co.jp

他にも、様々なプロモーション活動を考え行っていきますので、よろしくお願いします!

日テレvsフジ 『24時間テレビ』とは何か

80年代前半から90年代前半にかけて、テレビの王様はフジテレビでした。
12年間、年間視聴率3冠王に輝いていました。
そこで苦渋を舐め続けていたのが、現在絶対王者に君臨する日本テレビです。
フジテレビの後塵を拝するどころか、一時は3位の座も危ぶまれ、最下位転落も現実味を帯びるほど低迷していました。
間違いなくこの頃、日本テレビは“敗者”でした。
しかし、80年代末、このままではいけないと世代交代が急速に進められ、遂に94年、フジテレビから三冠王者を奪還するのです。
「逆襲」とは、敗れざりし者たちだけに許された特権である――。
そんな日本テレビのテレビ屋たちの“逆襲”を描いたルポが本日(8月9日)発売号の『週刊文春』より『日本テレビ「最強バラエティ」のDNA』と題され5ページぶち抜きの短期集中連載されます!
(『週刊文春』ではすでに「テレビ健康診断」というコーナーで3号に1回のリレー連載を行っていますが、それとは別のものです。)

第1回は「日本テレビのいちばん長い日」。
日テレ変革の象徴であり、その逆襲の狼煙となった92年の『24時間テレビ』リニューアルを中心に描いたプロローグ的な章となっています。
92年の『24時間テレビ』は、若き日のダウンタウンを司会に大抜擢し、現在でも目玉企画となっている「24時間マラソン」が間寛平をランナーに初めて行われました。また、同じく現在もテーマソングとして使用されている「サライ」を生放送中に制作したのもこの年。
それが、どのような経緯で生まれたのか、数多くの関係者の証言をもとに紐解いています。
僕は、これまでこの手のものを書く際、基本的に取材を行わないスタンスでやってきましたが、今回は新境地。
当時、重要な役割を果たした錚々たる方々に取材を敢行し、それを元に書くという正攻法のやり方です。
(『新潮45』7月号でハウフルスの菅原正豊さんの人物ルポをやはり取材の上で書きましたが、それとほぼ同時期に取材を始めました)
取材を受けてくださった方の中には、あっと驚くような方も。
そんなわけで、今売りの号から5号連続(予定)でその前半が掲載されます!
是非!


そして、いよいよ明日10日には『笑福亭鶴瓶論』が発売されます!

笑福亭鶴瓶論 (新潮新書)
戸部田誠(てれびのスキマ)
新潮社
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こちらも何卒よろしくお願いします!

8月10日『笑福亭鶴瓶論』発売!

いよいよ今月10日、新潮新書より『笑福亭鶴瓶論』が発売されます!
これは、「cakes」に連載していた「鶴瓶のスケベ学」をベースに、それを大幅に加筆修正の上、書き下ろしを加えたものです。

笑福亭鶴瓶論 (新潮新書)
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大きめの帯がいい感じです!
担当編集者が書いてくれた本書の紹介は以下の通り。

笑福亭鶴瓶とは、〝スケベ〟である――。
テレビじゃ絶対語らない、運と縁を引き寄せる「国民的芸人」の人生哲学。


笑福亭鶴瓶こそが〝最強〟の芸人である――。
大物と対等にわたりあう一方で、後輩にはボロクソにイジられる。全国を訪ねて地元の人々と交流した翌日には、大ホールで落語を一席――。かくも老若男女に愛される「国民的芸人」の原動力とは何か?
生い立ちから結婚、反骨の若手時代、タモリ、たけし、さんまの「BIG3」、吉永小百合中村勘三郎らとの交遊、人気番組NHK鶴瓶の家族に乾杯」秘話まで。「テレビっ子」ライターが膨大な資料を駆使して、その長く曲がりくねった芸人人生をたどる。運と縁を引き寄せる、スケベで奥深い人生哲学に学べ!

謙遜している場合じゃないのであえて言えば、内容的には絶対の自信があります!
なので是非、一人でも多くの人に読んでいただきたいです!
本当に今回は、何としても売りたい……。
そんな風に思っていたところ、
なんと!

発売前に重版が決まりました!!

ありがたい!
これでより多くの書店に本が並ぶことになり、お買い求めしやすくなると思いますので、何卒、何卒よろしくお願いいたします!


そして、この出版を記念し、8月20日(日)15:00から、下北沢の本屋B&Bトークイベントを行います。
お相手は、なんとエムカクさん!
水道橋博士のメルマ旬報」に明石家さんま年表「明石家さんまヒストリー」を連載している関西在住の最強の素人(といっても今やさんまさんの特番などのリサーチャーをされていたりもしますが)!
東京で、エムカクさんの話を聞けるのは、極めて貴重だと思います。
タイトルは「笑福亭鶴瓶vs.明石家さんま」となっていますが、エムカクさんの知識量や熱量を考えるとトーク力を含め、負け戦は必至。
なので、鶴瓶さん、さんまさんを含め、芸人さんたちの魅力を語り合う会にしたいと思います!
司会は、芸人経験もある放送作家・ノンフィクション作家の細田昌志さん! 心強い!
というわけでこちらも是非!
bookandbeer.com

菅原正豊「素敵に恥をかかせたい」

本日発売の『新潮45』7月号で『ボキャブラ天国』『イカ天』『タモリ倶楽部』『アド街』『チューボですよ』『メリークリスマスショー』等々、数多く個性的なヒット番組を手がけてきた「ハウフルス」の菅原正豊さんの人物ルポ「テレビ屋稼業バカ一代」を書きました!

菅原正豊というと僕にとっては文句なしの「レジェンド」ですが、あまり表舞台に出ることを好まない方なので、もしかしたらご存じない方もいるかと思いますので、超簡易版の年譜を作ってみました。

1946年 誕生
1967年 慶應義塾大学在籍中、ADとして『11PM』に参加
1973年 26歳で企画会社「フルハウス」設立
1978年 テレビ制作会社「フルハウス テレビプロデュース」設立
1978年 『出没!おもしろMAP』で「ムキムキマン」がブームに
1982年 『タモリ倶楽部』開始
1984年 『TV海賊チャンネル』参加
1984年 『探検レストラン』参加。この中の企画が後に伊丹十三の映画『タンポポ』の元ネタに。
1986年 『メリークリスマスショー』放送
1987年 『ENKA TV』開始
1988年 『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』参加
1989年 『平成名物TV いかすバンド天国』で「イカ天ブーム」を巻き起こす。
1990年 『夜も一生けんめい。』開始
1990年 『マジカル頭脳パワー!!』参加
1991年 会社名を「ハウフルス」に改称
1991年 『ミュージックステーション』に企画ブレーンとして参加
1992年 『24時間テレビ 愛は地球を救う』(ダウンタウン司会)の総合演出。大幅リニューアルが成功。
1992年 『タモリボキャブラ天国』シリーズ開始。「ボキャ天ブーム」を巻き起こす。
1994年 『夜もヒッパレ一生けんめい』開始
1994年 『チューボーですよ!』開始
1995年 『出没!アド街ック天国』開始
1995年 『THE夜もヒッパレ』開始
1997年 『タモリの新哲学大王!』開始
1997年 『どっちの料理ショー』開始
1998年 第24回放送文化基金賞を個人として受賞
2007年 『秘密のケンミンSHOW』監修

と、特別な代表作を並べただけなのに、このものスゴい経歴!
「素敵に恥をかかせたい」というのが彼のモットー。素敵です。
僕はこれまで基本的に取材をせず過去の発言やインタビューなどを通して書くスタイルでしたが、今回はご本人はもちろん、関係者の方々への取材を元に書くというスタイルを初めて行いました!(同時進行で他の企画も進んでいますが、原稿化したのは初)
取材をしたのは、以下の方々です(敬称略)。

ハウフルス 菅原正豊(代表取締役演出家)
ハウフルス 津田誠(取締役、CP)
ハウフルス 高浦康江(取締役、CP)
日本テレビ 小杉善信(専務取締役、『夜も一生けんめい。』『SHOW by ショーバイ!!』『24時間テレビ』プロデューサー)
構成作家 海老克哉(現在のほぼすべての番組に参加)
構成作家 小山薫堂(主に80年代の番組に参加)
・元電通 菊池仁志(『おもしろMAP』『メリークリスマスショー』などの企画。大学の同級生)

合計約10時間にわたる取材に加え、膨大な資料を元にしたものを、わずか1万字弱にまとめるのは、かなり難しかったですが、是非、お読みいただければ!