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芸人たちが己の人生を「0→1」にしたあの頃を描いた、おとぎ話

3月26日(火)に太田出版より新刊『売れるには理由がある』が発売されます!!

売れるには理由がある
戸部田 誠 てれびのスキマ
太田出版
売り上げランキング: 11,441

本書は『アサヒ芸能』で掲載していた「芸人の運命変更線」という連載をまとめたものです。毎回、様々な芸人を一組取り上げ、その“代表作”を紹介しつつ、解説を加えたものです。解説と言っても、そのネタの何が面白いのか、何が新しいのかというようなネタ自体の批評ではありません。それが生まれた経緯や、そのネタに関するエピソードなどを通して、その代表作がその芸人でなければ生まれなかった、その芸人ならではなものであることを解き明かしていこうというものです。
この連載を始めた動機のひとつに、芸人の代表作をちゃんと紹介しているような本が存在しないなあと思ったからというのがあります。もちろん、ネタを活字化することなんて野暮で無粋なことだと思います。何より、その面白さを伝えきることはできません。けれど、だからといってそういう本がないままでいいとは思えなかったのです。
ですが、この連載は、志半ばで終わってしまいました。かなりショックでした。なんとか続けたいと思っていたところ手を差し伸べてくれたのが、復刊した『CONTINUE』でした。そこで内容はそのままに、タイトルを「2020年てれびの旅」として再開できたことで、念願叶って本書が刊行できることになりました。
今回のラインナップは以下のとおりです。

第1章
ダウンタウン「トカゲのおっさん」
ザ・ドリフターズ「もしも威勢のいい銭湯があったら」
ナインティナイン「『岡村オファーがきました』シリーズ」
極楽とんぼ「ケンカコント」
さまぁ~ず「コント・美容室」
ナイツ「ヤホー漫才」
内海桂子・良江「三味線漫才」
横山やすし・西川きよしやすきよ漫才」
ブラックマヨネーズ「漫才・ケンカの強い男を目指そう」
博多華丸・大吉「漫才・ユーチューバーになりたい」
キャイ~ン「僕はこれじゃないよ、これだよ」
南海キャンディーズ「男女漫才」
オードリー「ズレ漫才」


第2章
出川哲朗「出川イングリッシュ」
伊東四朗「電線音頭」
ダチョウ倶楽部「どうぞどうぞ」
FUJIWARAフジモン「ガヤ」
レイザーラモンRG「あるある早く言いたい」
イジリー岡田「高速ベロ」
テント「クモの決闘」
ハリウッドザコシショウ「誇張モノマネ」
明石家さんま「雑談」


第3章
ツービート「毒ガス漫才」
B&B「もみじまんじゅう」
とんねるず「乱闘事件」
髭男爵「貴族のお漫才」
おぎやはぎ「脱力系漫才」
バカリズムトツギーノ
伊集院光芳賀ゆい
オリエンタルラジオ「PERFECT HUMAN」
タモリ「四カ国語麻雀」
トニー谷「さいざんす・マンボ」
爆笑問題「時事漫才」


第4章
古坂大魔王「ピコ太郎『ペンパイナッポーアッポーペン(PPAP)』」
笑福亭鶴瓶「局部露出事件」
毒蝮三太夫「ババア中継」
コント55号「コント・机」
ウッチャンナンチャン「ショートコント・レンタルビデオショップ」
ロバート・秋山「体モノマネ」
コロッケ「早送りモノマネ」
片岡鶴太郎「おでん芸」
古舘伊知郎「ドリンク売り」
バイきんぐ「なんて日だ! 」

このリストを見てもらってもわかると思いますが、僕が挙げた“代表作”は、漫才やコントやギャグなどの、いわゆる“ネタ”だけではありません。番組企画やそこで起きた“事件”なども含んでいます。ネタこそが芸であるという考え方もあるとは思いますが、僕はそうは思っていないからです。番組等での立ち回りのひとつひとつをとっても、その芸人の“芸”が宿っているはずなのです。このリストを見るだけでも、笑いがいかに多様かがわかるのではないかと思います。
イラストは『CONTINUE』連載時同様、花小金井正幸さんにお願いしました。イキイキと躍動感あふれる芸人のイラストは、それだけでも本書を手にとってもらう価値がある最高のものです!
そして帯文を書いていただいたのが髭男爵山田ルイ53世さん。今更説明するまでもない文才と批評眼をお持ちの方ですが、意外にも帯文を寄せたのは初めてだそうで、こんな光栄なことはありません。お引き受けいただけると聞いたときは飛び上がって喜びましたが、届いたコメントを読んであまりの感激で動けなくなりました。

これは芸人たちが己の人生を「0→1」にしたあの頃を描いた、おとぎ話である。
エピソードを収集し、教訓や方法論を抽出し、著者の鮮やかな筆で編み上げた、グリムやイソップに続く「スキマ童話」。
上質な短編集として楽しむもよし、成功のノウハウ、生きるための知恵を授かるもよし。
何かしらのジャンルで“一発”当てる、その助けとなるだろう。   山田ルイ53世

なんと含蓄のある言葉でしょう。
「cakes」では、試し読み的な連載が始まっています。
cakes.mu

そんなわけで、『売れるには理由がある』3月26日発売です!
ご予約はこちらから!

売れるには理由がある
戸部田 誠 てれびのスキマ
太田出版
売り上げランキング: 11,441

落ちこぼれの特権

いよいよ翌日の5月11日、文藝春秋社より『全部やれ。 日本テレビ えげつない勝ち方』 が発売されます!!

これは、昨年『週刊文春』にて10回(前編5回、後編5回)にわたり短期集中連載された「日本テレビ『最強バラエティ』のDNA」を大幅に加筆修正及び再構成したものです。
80年代低迷していた日本テレビが、12年連続視聴率三冠王絶対王者フジテレビを1994年に逆転するまでを当時、最前線で戦った当事者たちの証言を元に描いたノンフィクションです。
雑誌連載という形式上、どうしても文字数の関係で削らなければならなかったエピソードなどを追記したのはもちろん、連載時には果たせなかったライバルであるフジテレビ側にも追加取材を行い、新たな章を書いています。
さらにエピローグには、のちに日本テレビを揺るがした“あの事件”にも触れています。

日テレが苦手

正直言って、僕は日本テレビのバラエティが苦手でした。
『新春TV放談』では毎年バラエティ番組の人気ランキングが発表されます。
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こういうランキングでも日テレの強さは目立ちます。
が、僕は「テレビっ子」を自称しながら、ここに挙げられているような日テレの番組をほとんど見ていませんでした。
実際に見れば確実に面白いのだけど、なぜか積極的に見ようとしなかったのです。
それが「苦手」ということなんだと思います。

そんな僕に『週刊文春』から日テレについて書いてみませんか、という話をいただき、正直戸惑いました。
自分でいいのか? 大丈夫だろうか?って。

ちょうど同じ頃、「文春オンライン」の不定期連載「テレビっ子」シリーズが始まりました。
最初のゲストは、『新春TV放談』にも出ているヒャダインさん
そのときに僕は、テレビっ子の好きな番組とは乖離があるんじゃないかということを聞いてみました。
するとヒャダインさんはこのように答えました。

ヒャダイン:そうなんですよね。でも一般的にはそういうことなんだなと思いました。マスはこっちが好きなんだなと。マスが好きなものを供給している日テレというのは大したものだなと思います ね。だからいい意味で日テレって物凄く〝下品〞なんですよね。みんなが欲しいものをリサー チして、なりふり構わず出すという。そこにプライドもへったくれもない。あの感じがランキ ングにも出ていて、逆にぼくは非常に好感が持てました。内容云々は抜きにして、ビジネスとしてちゃんとやっている。テレビの種火を消さないようにしてくれているじゃないかと思います。

「いい意味で下品」という言葉に合点がいき、「 テレビの種火を消さないようにしてくれている」という指摘にハッとしました。
確かにそうだ。
もうテレビはダメだ、などと言われている時代に、日本テレビはそれでも歯を食いしばって、 下品とも言われるくらいのサービス精神で、視聴者に見やすい番組を提供し続けている。世間 とテレビをギリギリでつなぎとめている。 それに気づいた時、やっぱり日本テレビについて書きたいと思いました。

「残念ながら……」

ところで、本書には僕の中で仮タイトルがありました。
それは『落ちこぼれの特権』。
なぜなら、本書の登場人物はみんな“落ちこぼれ”だったからです。

そもそも日本テレビ自体がそうでした。
日本初の民放テレビ局として黄金時代も経験していましたが、80年代は低迷。民放3位が定位置。ときには最下位がすぐ側ということも。要因は様々ですが、組織として落ちこぼれだった。
たとえば『電波少年』シリーズの土屋敏男さんは、失敗続きのため一時は制作者として失格の烙印を押された。
クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』の小杉善信さんは、「番組を始めるとすぐつぶれる」と有名だった。
マジカル頭脳パワー!!』の渡辺弘さんも、『スーパーJOCKEY』立ち上げの頃には、ビートたけしから、このままこの番組を続けていれば、自分がそれまで築いてきたものが崩れてしまうから「やめたい」とまで言われた。
『SHOW by ショーバイ!!』『マジカル』の五味一男も、とあるデータを見て、自分のこれまでの全人生を否定されるような経験をした。
社長である氏家齊一郎も、一時は日テレを“追放”される。経営者として落ちこぼれでした。

「テレビ関係者が集まるパーティに行くと、フジテレビの人たちが一番いい中央の席に自然と座っているんです。これに何の疑問も感じなかった自分に気づいた時に、悔しくて、情けなくて……」(小杉)

そんな落ちこぼれ集団が、いかに強大な敵であるフジテレビに立ち向かい、勝利したかを描きました。

僕はこれまで、直接取材をせずに、既に世に出た書籍、雑誌、ラジオ、テレビなどの発言を元にテレビに関する書籍を執筆してきました。
それはその距離感こそが〝テレビ〞だと思っていたからです。
だけど、今回は、そのスタイルを変え、当時、最前線で戦った多くの(元)日本テレ ビの社員の方々に取材しました。
単純に当時のことがあまり語られていないということが大きな理 由のひとつですが、それ以上に、今回焦点を当てたかったのが、テレビそのものではなく、それを裏で支えている人たちだったから。それを描くには、実際に生々しい証言を聞くしかない、と。

90年代半ば、フジテレビを逆転した時代の編成局長として日本テレビを指揮し、その後日本 テレビ社長にまで登りつめた萩原敏雄さんにも話を伺うことができました。
「超」がつく大物に緊張し ながらも、僕は単刀直入にフジテレビに勝てた要因は何かという質問をしました。
すると萩原さんは、「残念ながら……」と前置きして、本書で明かすある人物の名を挙げました。
「残念ながら……」
僕は、この一言に痺れた。
そして、これから書く本は、そういう本だ、という確信めいたものが生まれました。
つまり、この「残念ながら……」という一言には、“人間”が宿っていると思った。
愛憎、恩讐、葛藤……。
人間の思いが詰まっていた。
テレビは人間がつくっている。
その当 たり前の事実がくっきりと輪郭を持って迫ってきて震えた。
テレビ屋たちのそうした思いを描きたい、と。


第1部はこんなふうに始まります。

82年から12年にわたり三冠王
絶対王者に君臨したフジテレビ。
同じ頃、日本テレビは低迷。
3位が定位置だった。


「何が何でもトップを獲れ」


日本テレビ社長に就任した氏家齊一郎の大号令。
それに応えたのは“落ちこぼれ”だった
若きテレビ屋たちだった。


「逆襲」とは、敗れざりし者たちだけに許された特権である。


80年代末、「クイズプロジェクト」の名のもと集められた
小杉善信、渡辺弘、吉川圭三、
そして「1億円の新人」五味一男
「失敗したら札幌に飛ばすぞ」
「お前を採るのに1億円かかっているんだ」
容赦なく浴びせられるプレッシャーの中、
立ち上げたのは『クイズ世界はSHOWby ショーバイ!!』
だが、視聴率はまったく振るわなかった。
「人生全否定感がありましたね。
でも一回、そうやって強烈に否定されると、
脳がナチュラルハイみたいな状態になる」


そんな彼らの前にひとつの光明があらわれた――。

そして第2部に登場するのは、異端の2人と知られざる功労者。

「クイズプロジェクト」の成功で
「知的エンターテイメント路線」が確立。
万年3位から抜け出し、フジテレビの背中が
微かに見え始めた日本テレビ
だが、正攻法だけでは絶対王者フジテレビには届かない。


「オレは町外れの孤児院の院長みたいな感覚でした」


数々の番組で失敗を繰り返し、
ディレクター失格の烙印を押され
一時期、制作の現場を追われた土屋敏男
そして、土屋と同じ班で下積みをした菅賢治
この異端の2人が日本テレビのイメージを
劇的に変えていった。


その裏には、加藤光夫という
男の存在があった。
彼らを育て、日テレの風通しの良さを
つくった陰の功労者である。


「加藤光夫の三段重ね」


その知られざる功績とは何だったのか?

そして第3部以降、いよいよ決戦が始まる。

読売グループ、日本テレビ
奇妙に受け継がれる恩讐の“伝統”、
開局約40年の歴史が生んだ固定観念や絡み合う利権。
そんな“呪い”を断ち切るには
強烈なリーダーシップが必要だった。


社長に就任した氏家齊一郎が大号令を下す。


「お前らがやりたいこと明日から全部やれ」


彼の右腕・萩原敏雄に氏家は単刀直入に尋ねた。
「どうしたら日本テレビは視聴率でトップになれるか?」
「誰が何をやろうと、今のままでは絶対に取れません。
 徹底的な編成の構造改革が必要です」
「本当にこれをやれば勝つチャンスはあるのか?」
「チャンスはあります」
「よし、やろう!」


かつて「お前は日本テレビを潰す気か?」と一蹴された
萩原の大改革案を実行していく。
「山根でいいのか?」
「山根がいいんです」
異例の人事、改編率50%に迫る大改編……。
いよいよフジテレビの背中を捉える。
しかし、その目前、思わぬ“敵”が立ちはだかる。
それは皮肉にも、
「日テレ最大の武器」によるものだった――。

本書は、テレビの裏話のようなものが主題ではありません。
ひとつの一大プロジェクトに対し、名もなき者たちが組織の中で奮闘しながら巨大な壁に立ち向かい、乗り越えていく様を描いたものです。
それはテレビという世界に限らない、人間の物語です。
テレビのことに興味がない人でも、何らかの「仕事」をしている人には刺さる本だと思います!
よろしくお願いします!

最高に幸福な一日

鶴瓶です…
見知らぬ番号からかかってきた電話をとって、その電話口から聴こえてきた声に驚愕しました。
これが噂に聞く、鶴瓶さんからの直電話!
一気に汗が吹き出ました。
もちろん『笑福亭鶴瓶論』を出版したからには、そういう方だと当然分かっていましたし、正直言ってそうしたリアクションをしていただけるかも、とは思っていました(鶴瓶さん側には今回の出版に関して寛大なご配慮とご協力をいただいていたので、僕の連絡先もご存じであることは分かっていたので)。
でも、ホントにマネージャーさんも何も通さず突然かかってくるとは、と驚くとともに、感激しました。
お電話では、これから収録する『きらきらアフロ』で『笑福亭鶴瓶論』のことを話すかもしれないということをわざわざご報告いただくという、何重にもありがたいお話。
その後、「どこ住んでんの?」など聞かれ、軽く雑談を交わし心臓の高鳴りが抑えられないまま電話を切りました。
ふと一息して、あ、これはもしかして「来れる場所に今いるなら、来てもいいよ」ということではないか、と思い至りました。
そう思い始めたらもう「鶴瓶イズム」で行くしかありません。
すぐにマネージャーさんに連絡を取り、行っても大丈夫かを確認し、押しかけるように行くと、鶴瓶さんは満面の笑みで迎えてくれました。
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そして、8月30日深夜放送の『きらきらアフロ』。
松嶋尚美さんとのトーク鶴瓶さんは以下のように紹介してくれました!

鶴瓶: 最近、俺の本が出たんよ。
松嶋: 俺の本?
鶴瓶: 『笑福亭鶴瓶論』言うの。鶴瓶さん出さはったん?って言うから、そんなん俺出すか? よう考えてください。『笑福亭鶴瓶論』っていう本を俺が出したら頭おかしいやん(笑)。俺は本なんか出さへんし、アレやけど、出す言う人がいはって、ええから勝手に出してって。いろんな雑誌のやつを全部調べはったんやろうな。それで出てるわけ、今。『笑福亭鶴瓶論』って。
松嶋: なんて書いてあんの? (帯を見ながら)スケベでもある…?
鶴瓶: スケベでもあんねんやろうけどね、この人がいろんなものを調べはったんやろうな、これ。『タモリ論』(※正しくは『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』です)を出してはる人や。
松嶋: あ、『論』が好き!(笑)
鶴瓶: 麻雀屋のおっさんやないんやから! 何が「ロンが好き」や!(笑) 違うがな、ホンマに簡単に言うなあ……。俺はホンマにな、お前論を出したいわ!(笑)

その他、カットされていましたが、「一般の方から電話がかかってきて、あの本のここが感動しましたって言われる。知ってるっちゅうねん! 俺の話や!」みたいなこともおっしゃっていました!


収録が終わり、ふわふわと地に足がつかない感じで帰宅すると、郵便受けに信じられないハガキが入っていました。
差出人は、高田文夫先生!
実は8月11日の『高田文夫のラジオビバリーヒルズ』で、高田さんが、「今読んでんだよ。凄いんだよこれ、1冊丸々鶴瓶ちゃん」と『笑福亭鶴瓶論』を紹介していただいたのですが、そのお礼の手紙を書いたところ、わざわざ直筆のお返事をいただいたのです。
もちろん、その細かな内容は言えませんが、笑いをまぶせつつ、これまでの著作を読んでいただいていることや、自分にとって今後の指針となる宝物のようなありがたい金言をいただきました。


本当にこの日、人生にこんな幸せな日があるのかってくらい幸福な一日でした。
長州力風に言えば「俺の人生にも、一度くらい幸せな時があってもいいだろう」。
その翌日、変なところに力が入っていたのか、左肩の激痛に悩まされることになってしまいましたが……。


さらに、この『きらきらアフロ』が放送された日にちょうど急遽開催された文化シャッターBXホールでの「笑福亭鶴瓶落語会」。僕は抽選に外れてしまったのだけど、当選した方から誘っていただき行くことができました!
演目はオープニングの鶴瓶噺から、一席目は文枝作の「悲しみよありがとう」、二席目は古典「妾馬」、三席目「山名屋浦里」とたっぷり堪能。二席目、三席目は複数回聴いてるけど、聴けば聴くほど良い。
そして、そのオープニングトークでも結構な時間を使って『笑福亭鶴瓶論』のことをお話してくださいました!
終演後、ご挨拶に伺うと、なんと打ち上げの食事会にも連れて行っていただきました!
僥倖!
ホントに幸福感溢れる楽しい空間でした!


その『笑福亭鶴瓶論』、お陰様で現在、4刷り!
好評発売中です! Kindle版も出ましたので、お好みに合わせて是非!

笑福亭鶴瓶論 (新潮新書)
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恩讐の果に

今、僕はとても恵まれている立場にいると思います。
今時、テレビのことを真正面から書く書き手がほとんどいないというスキマにハマって、自分の実力以上に仕事をいただいているし、それによって経験も積んでまがいなりにもプロのライターと言えるようにもなりました。自分の嫌なことや興味のないことは書かずにすんでいるし、自分の好きなことを程よい若干ユルめのペースで書けている。
ありがたいことに書籍も2014年3月『タモリ学』での書籍デビュー以来、約3年半で7冊(うち共著1冊)という理想的な出版ペースだと思う。
周りにも恵まれ多くのチャンスをいただいてます。
だから、今の状況は理想的だと思う一方で、正直、ヌルいのではないかという危機感もあります。今はいいけど、このままではこの先、5年後、10年後はないのではないかと。
もう一歩踏み込んで、厳しい目にさらされる場所に行かなければならないんじゃないか。
そんな決意と覚悟を持って書いたのが本日発売された『笑福亭鶴瓶論』です!

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編集を担当してくださったのは数々の大ヒット新書を手がけてきた金寿煥さん。
デビュー以来、一緒に仕事をしたいと思い願っていた方。と同時に、組むのは恐くもありました。金さんと組んで鳴かず飛ばずの本を作ったとしたら、どう考えても自分の実力不足が露呈されてしまうからです。
そして、僕にとっては、ひとつ因縁(という言葉が適切か分かりませんが)もあります。
金さんは樋口毅宏さんの『タモリ論』を手掛けた方でもあるのです。
タモリ論』は、2013年7月に発売され、大ヒット。
ありそうでなかった企画であり、発売のタイミングも含めて、樋口さんはもとより、編集者の力を感じました。
このヒットを受け、さらに『笑っていいとも!』終了に伴い、数多の「タモリ本」が発売されました。
僕の『タモリ学』もそのひとつと言えるでしょう。

実際には、『タモリ論』発売のかなり前から(おそらく『タモリ論』の企画前から)企画が進められたのですが、僕の遅筆が原因で先を越されてしまい、僕の『タモリ学』は、“便乗本”の誹りを受けることになりました。一方で、無名の新人のデビュー作にもかかわらず現時点で4刷りを果たしたのは、タモリさんというテーマ自体が魅力的なのはもちろんですが、間違いなく『タモリ論』ヒットの恩恵を受けているのだと思います。だから勝手に恩讐半ばの感情があったりします。
で、当時の遅筆の原因のひとつは僕に別の本職があったからです。遅々として進まない中、『タモリ論』出版の話を聞いて焦った僕は追い込まれた末、安定した収入が得られる仕事を辞めました。つまり、僕が仕事を辞めた原因の一端は金さんにあるのです!(責任転嫁)
と言いつつ仕事を辞めたことに後悔は少しもなく、むしろ間接的に恩人と言って過言ではありません。
そういった意味でも、絶対に“売りたい”と思いました。
そう、今回の本は誤解を恐れずに言えば“売りたい”本なのです。
(そういうと、今までの本が“売りたい”と思っていなかったように捉えられてしまうかもしれませんが、もちろんそんなことはなく、ニュアンスを汲み取っていただけるとありがたいです。)

だから、発売前に重版が決まったのは本当に嬉しかったです。が、一方でプレッシャーが大きくなったのも事実。
通常は書店に並び、それが売れたから書店から注文が来て、重版が決まるという流れ。今回は、そうではなく、事前の書店からの注文が予想より多かったから重版が決まったもの。つまり、実際に売れるかどうかは未知数。大量に売れ残って返品の嵐だったらどうしよう……、そんな不安が押し寄せてきます。
でも、内容には自信があります!
後はいかに手にとって読んでもらうか。
そのために自分ができる限りのことをしたいと思います。
本書のテーマこそまさにそれ。
「人見知りしない。時間見知りしない。場所見知りしない。そこに対していかに助平であるか」
そんな鶴瓶さんの言葉を通して、スケベに生きるとはどういうことかを書きました。
だから、スケベに“売りたい”。
正直、プロモーション活動は苦手な場所。でもそれにひるまずやっていこうと。

というわけでまず、本書のベースとなった連載「鶴瓶のスケベ学」を掲載していた「cakes」にて、「笑福亭鶴瓶クロニクル」と題して、誕生から弟子時代までの年表を5回にわたって掲載します。
1回目、誕生から幼少期まではこちら 
cakes.mu

そして、8月20日に下北沢B&Bで、細田マサシさんを司会に明石家さんまフリークのエムカクさんとイベントを行います!
passmarket.yahoo.co.jp

他にも、様々なプロモーション活動を考え行っていきますので、よろしくお願いします!

日テレvsフジ 『24時間テレビ』とは何か

80年代前半から90年代前半にかけて、テレビの王様はフジテレビでした。
12年間、年間視聴率3冠王に輝いていました。
そこで苦渋を舐め続けていたのが、現在絶対王者に君臨する日本テレビです。
フジテレビの後塵を拝するどころか、一時は3位の座も危ぶまれ、最下位転落も現実味を帯びるほど低迷していました。
間違いなくこの頃、日本テレビは“敗者”でした。
しかし、80年代末、このままではいけないと世代交代が急速に進められ、遂に94年、フジテレビから三冠王者を奪還するのです。
「逆襲」とは、敗れざりし者たちだけに許された特権である――。
そんな日本テレビのテレビ屋たちの“逆襲”を描いたルポが本日(8月9日)発売号の『週刊文春』より『日本テレビ「最強バラエティ」のDNA』と題され5ページぶち抜きの短期集中連載されます!
(『週刊文春』ではすでに「テレビ健康診断」というコーナーで3号に1回のリレー連載を行っていますが、それとは別のものです。)

第1回は「日本テレビのいちばん長い日」。
日テレ変革の象徴であり、その逆襲の狼煙となった92年の『24時間テレビ』リニューアルを中心に描いたプロローグ的な章となっています。
92年の『24時間テレビ』は、若き日のダウンタウンを司会に大抜擢し、現在でも目玉企画となっている「24時間マラソン」が間寛平をランナーに初めて行われました。また、同じく現在もテーマソングとして使用されている「サライ」を生放送中に制作したのもこの年。
それが、どのような経緯で生まれたのか、数多くの関係者の証言をもとに紐解いています。
僕は、これまでこの手のものを書く際、基本的に取材を行わないスタンスでやってきましたが、今回は新境地。
当時、重要な役割を果たした錚々たる方々に取材を敢行し、それを元に書くという正攻法のやり方です。
(『新潮45』7月号でハウフルスの菅原正豊さんの人物ルポをやはり取材の上で書きましたが、それとほぼ同時期に取材を始めました)
取材を受けてくださった方の中には、あっと驚くような方も。
そんなわけで、今売りの号から5号連続(予定)でその前半が掲載されます!
是非!


そして、いよいよ明日10日には『笑福亭鶴瓶論』が発売されます!

笑福亭鶴瓶論 (新潮新書)
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こちらも何卒よろしくお願いします!