「最近僕は山里亮太っていう男を見失っているんですよ」というオードリーの若林の言葉が発端となった企画が放送されたのが6月20日、27日深夜の『もっとたりないふたり』(日本テレビ)だ。
若林: もう一度、山ちゃんを一から知りたいということで。じゃあ、何で一番知れるのかっていうとネタ帳だったわけですよ。
山里: 正直、他人に見せるものじゃない。ネタ帳が誰よりも何よりも自分のすべてが書いてあるんです。親も知らないような、相方ももちろん知らない。誰も知らないことが唯一書ける、全てを知ることができるのがネタ帳なんです。
若林: 驚きました。
山里: 無修正ですよ、これ。
若林: だから家にあるネタ帳、全部持ってきてくださいってことで。これが全部、山ちゃんの家に残ってる…
山里: 72冊だって。すっごいよね。
若林: 「ヤバいの抜いてねえか?」っていう時期があったんですよ。「おい、山里?」と。そしたら追加で8冊ほど来ました。
山里: フッ(笑)。
若林: 山ちゃんを一から知って、また最終回に漫才ができるようにってことなんですよ。
山里: ここにあるのが若林くんのね。
若林: そうなんですよ、俺が「全部持ってきてください」って言ったら「じゃあ、若林くんのも持ってきてよ」っていう予定調和なこと言うんですよ(笑)。
山里: 当たり前でしょ!
若林: 「古い、古い!」と。予定調和壊すのが今、テレビ流行ってるんでしょ?(笑)
山里: その再確認は内に秘めときなさいよ!
若林: ハッ!(口を手で抑える)
山里: 下手くそ! 古い、古い!
南海キャンディーズ・山里のネタ帳も興味深いものばかりだったが、若林のネタ帳もまた若手芸人の苦悩と葛藤の詰まった刺激的なものだった。
ネタ帳の表紙には熱い言葉が綴られるのは芸人あるあるのひとつだ。「ネタ帳っていうのは書き始め、一番温度が高いの! 何かしようって。そういうこと書いちゃうのよ」と山里が言うように、彼のネタ帳の表紙には『一日一日を大切に/上へ 上へ/夢を追い続ける者にこそ/奇跡は起こる』『南海キャンディーズVol.8/考えたもん勝ち!!』『南海キャンディーズVol.9/考えたもん勝ち/イヤ本当に…』『無駄に生きるな!/熱く死ね!』など熱い言葉が並んでいた。
山里: これみなさんね、俺だけ特別だと思うでしょ? ネタ帳の表紙にタイトル書くの、こっちもなんですよ。
若林: いや、俺は恥ずかしいこと書いてないですよ。
山里: よく言うよ。みなさん、思ったと思うよ。「クセェな山里、なんだよ」と。ああいうポジティブなこと書いちゃうんです、普通は。しかしね、さすが若林先生違いますよ。若林先生の最初のネタ帳のタイトルご覧ください。こちらです。『枯渇』
若林: (苦笑)。
山里: ネタ帳の一発目に「何もなくなった」って書くバカどこにいるんだよ。
若林: アハハハ。
番組ではこのノートについてはタイトルだけで、その内容やタイトルの意味についてまでは語られなかったが5月10日深夜放送の『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送) で詳しく話している。
若林: 『枯渇』っていうタイトルを書いてるのもあって。それには、「あと100回舞台に立って辞める」って決めてるんですよ。だからカウントダウンされてるんですよ。
春日: ほお。あと何回ってね。
若林: 100、99、98……って。キサラ*1も一部で、100回舞台やってる最中に結果を残せなかったらやめる、みたいなことで付けてるんでしょうけど。「0」になったら、辞めちゃうってことなんだろうね。
春日: それまでに何か起きなければね。
若林: それが『枯渇』っていうノートだったんですけど、タイトルが。「枯渇さそう」ってことなんでしょうね。最後の最後まで。「0」になるまでの、今日の舞台での結果が書かれてるんですけど……。
春日: あぁ、全部出しきって辞めよう、と。うん。
若林: 面白かったですよ。ずっと見てたら、「0」を通り越して、「-24」までいってるから。アハハハハハ。
春日: 辞めてねぇじゃねぇか! 辞めろよ「0」で! フフ。
若林: アーーッハハ!
春日: なんで辞めないんだよ、お前!(笑)
若林: 辞めろ、バカヤロー!
春日: 枯れ果ててんじゃねぇか!
若林: 124回舞台に立ってるんですよねぇー。
さらに「このネタ帳のこれ見せて大丈夫?」と山里が若林に断りつつ披露されたネタ帳がある。
山里: これ、若林さんの、オードリーのネタ帳でございます。表紙、こちらです。
『2007.11までに/春日を一人前の/芸人にする計画/のノート』
会場: おーー(笑)
山里: 「おーー」?
会場: (拍手)
山里: 書いてますからね、春日のこととか。見て、みんな今「おーー」って言ったでしょ?
若林: いや、恥ずかしいことは書いてないですよ。
山里: 1ページ目、第一行です!
『ピンの方が良いのか?』
会場&若林: (爆笑)
若林: あーーハハっ、いやたぶん言われてたんですよ、「お前、ピンになれ」って。
『俺が春日を必要とする理由は何ですか?』
若林: 自分に敬語で訊いてるんですね(笑)。
『・ネタをつくろうとしない』
『・本番前、マイクに声が入らなかったりするんじゃないか心配』
『・アドリブの意味がわからない』
若林: (爆笑)。これねぇ、(自分で頁をめくり)これでもう終わってるのよ。
山里: アハハハハ、これいいの?これ見せていいんだね?
若林: いいよ、恥ずかしくないもん。
山里: 分かりました。みなさん、もう一度タイトルを読ませていただきます。「2007.11までに/春日を一人前の/芸人にする計画/のノート」2ページ目をご覧頂きます。『議論はムダ。/春日はまずしゃべらないし、/春日に信念やビジョンなどない。/だから、話し合ってはいけない。』
一同: (大爆笑)
若林: 山ちゃん、この企画、やめよう(笑)。プラスがない!
これはオードリーのどん底時代。若林は春日の芸人としての「たりなさ」に悩み続けていた。
山里: 若林くん、春日に厳しいよ。なにこれ?
『春日でも飛べる低いハードル』
山里: 若林くんさ、可愛そうだよ!(笑)
若林: いやさ、今の地点からみんなが見ると可愛そうだけどさ、当時からするとそうだったのよ。山ちゃんも言われない、よく? 俺とか山ちゃんみたいに考えこむ性格だから、しずちゃんとか春日が相方だったから良かったって。
山里: そうそう、何も言ってこないからね、全部受け入れてくれるから良かったんだよって言われる。
若林: それはぁ! この9年ぐらいをぉ! 10分位の尺にして話したらぁ! 春日だから良かったんだって言うわっ! 9年、毎日っ、毎日っ、怠けてるんだぞ、アイツらはっ! 毎日っ、毎日っ、毎日っ、怠けてるんだよぉッ! 低いハードル用意するわぁぁっ!
山里: (何も言わず一礼)
若林: よっく言われるんだよ、この二人だから続けられたんだって。おめぇ、40分インタビューしただけだろうがぁ! 9年毎日怠けてるんだよぉ!
山里: ちょっとー、誰かハーブティーいれて!
若林: ウォッカ持ってこい! (笑)
そんなオードリーにとっての大きな転機となる時期に綴ったネタ帳も発掘されている。
山里: あとね、若林先生、“三部作”で作ってるのありますよねえ。
『土』『茎』『花』
若林: ハハハハ。
山里: 何が正解とかないけど、「茎」挟まなくない?
若林: (苦笑)
この“三部作”、正確には『土』と『茎』の間に『種』があり“四部作”だったという。
若林: でね、『茎』が2005年10月くらいなのよね。2005年10月に初めてズレ漫才をやってるんですよ。これ、ハッキリしたね。年表が。2005年10月に、1発目のズレ漫才をやって、2006年の5月に「デート」のネタを作ってるんですって。それが『茎』でした。
春日: なるほどね。
春日: おお、咲いたじゃない!
若林: 咲いてました。
このズレ漫才誕生の経緯などについては拙著『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』のオードリーの章にも詳しく書いたが、当時のネタ帳はそれを生々しく伝えている。
山里: ついに「オードリー」を見つけた瞬間! オードリーのネタはこれだ!ってなった瞬間のネタ帳があったの。これを見て欲しかったの。ちょっと感動する。
『若林:常識
↑ つっこみ
春日:自分は常識だと思っているけど、ハタから見たら非常識』
若林: 思いついた瞬間なんだろうね?
山里: そう!
若林: これだからここの『野菜しか食べない。「バイト先の菊地か」そいつ誰だよ』。これが記念すべき一つ目のやり取りなんですよ。
山里: これがオードリーの今から笑いが取れる、そして自分たちが生きていく武器見つけたっていう瞬間の……! この温度分かんない?
若林: アハハハ。
山里: もうノートが熱いのよ! 俺からすれば。
若林: 思いついた瞬間は、ホントにマジに「あ、売れちゃう!」って思った(笑)。
山里: でも、それはそうなのよ。
若林: もういてもたってもいられない。「あ、売れちゃう。あ、売れちゃう」ってリビングでソワソワして、とりあえず外出たもん。交番があって「俺、売れちゃうんですよ」って言いに行きたくないぐらい、こう(視野が狭く)なってるから。
山里: もし言いに来て俺が本官だったら「分かった。話は署で聞こう」「落ち着きなさい」って(笑)
若林: その足で、そのまま自転車で春日ん家行ったのよ。で、「春日、凄いだろ、これ!」って。「これをいっぱい積み重ねていけばどこにもない漫才ができるぞ!」って言ったら「え、どういうことっすか?」って。……ぶん殴ってやろうかなって(笑)。野菜ジュース飲みながら「ど、どういうことっすか?二人ともツッコミなんすか?」「いや、だからツッコミなんだけど、それはボケになってて…、もういいわっ!台本書いたら提出するわ!」って(笑)。
山里: 「ウィ」って言った?
若林: 「ウィ」って言ってました(笑)。
そして、初めての「ズレ漫才」が誕生する。
若林: そうそう、「ジョギング」のネタなの。一番最初。ドキドキしたもん。
山里: ちゃんと若林くんが春日をコントロールするときのルールが書いてあるの。これがね、オードリー誕生の時に作ったルールが面白いのよ。
『うぃっす!1回 胸張り1回』
若林: なにこれ!?(笑)
山里: 「うぃっす!」と「胸張り」は1回しかやらせないぞっと。
若林: 1回ってどういう意味だろうね?
山里: だから春日はこの1回を守ろうとして、やめたら1回じゃなくなると思ってずっと(胸を)張りっぱなしなんだろうね(笑)。
ついに若林は、春日をもっとも活かす形を見つけたのだ。それはいわば「オードリー」の発見と言えるものだった。この「ズレ漫才」を武器にオードリーは2008年の『M-1グランプリ』で敗者復活を勝ち上がり、準優勝。「売れちゃう」と予感して2年以上がかかったが、その予想どおり彼らは大ブレイクを果たした。
『おどおどオードリー』(フジテレビONE)でオードリーのネタの変遷をたどった「オードリーの上京ネタ物語」で二人は『M-1』以来初めてファイナルに勝ち上がったズレ漫才ネタ「引っ越し」を披露している。そのときの模様を僕は前述の拙著でこう書いた。
決勝の時とまったく同じところで噛む春日。
「春日のヘタの歴史なんだろうな、オードリーの歴史って」と春日は自嘲する。
「積み重ねて成長してここに来たんじゃなくて、『黒ひげ危機一発』みたいに飛び出ないところに全部剣を刺してようやく刺さった」と若林は喩えて振り返る。
「なんで気付かなかったのかな?ってずーっと思うね。ここまで8年だから。この男のことをちゃんと見ていなかったのかな、とか。決して今も上手じゃないじゃない。(でも面白い。)春日がそういう人間だってことを理解する8年間だったな」
「春日」は漫才と同じようにゆっくり歩いてやってきた。それを若林は待ち続けた。
二人が試行錯誤して様々に姿かたちを変えていった春日のキャラは、若林の理想像を具現化した「春日」として完成した。キャラとしての「春日」は結果的に普段の春日を誇張しただけで実は地続きだった。もっとも本来の春日と「ズレ」がなかったのだ。
しばしば芸人は「辞めなかったらいつか売れる」などと言われることがある。しかしちょっと違う、と若林は言う。「辞めないことによっていつもの自分がネタに出るときが来て、それが見つかったら必ず売れる」(『オードリーのANN(2012.9.8)』)のだ、と。
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そんな「オードリー」を発見する前、若林が25歳頃のネタ帳には将来「やりたいこと」が箇条書きで綴られていた。
・帯のラジオパーソナリティ
・深夜のラジオ番組
・モンゴル、インドなどに行くドキュメンタリー番組の出演
・ネタで人前に出る、ライブに出続ける
・本を出版する
多くの「やりたいこと」が叶っている。さらに続く。
若林:「MC」
春日: あぁ、叶ってる。
若林: この後が恥ずかしいですよ。「MC(いとうせいこうさん的な)」*3って書かれてます。アハハハ。
春日: ハッハッハ! それは叶ってないかなぁ。
若林: おい、笑ってんじゃねぇぞ!
そして今から10年前の「やりたいこと」の最後の行にこう書かれている。
『春ボーイ*4と漫才をやり続ける』
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