「ネガティブを潰すのは没頭だ」2013年マイ・ベスト・ブック

2014年も始まり、1月も終わろうとしていますが、年末にドラマやバラエティ、そして芸人のネタと以下のように振り返り記事は書きましたが、

テレビウォッチャー・てれびのスキマが選ぶ、2013年のテレビ事件簿【ドラマ編】 - 日刊サイゾー

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本について振り返るのをすっかり忘れてたなぁと思い今更ながら振り返りたいと思います。

あ、今更といえば「はてなダイアリー」から「はてなブログ」に引っ越しました。特に理由はありませんが、「今年はもっとブログを更新するぞ!」という意気込みのあらわれだと思っていただければ。

マイ・ベスト・芸人本

『社会人大学人見知り学部 卒業見込』(若林正恭:著)

で、2013年の「マイ・ベスト芸人本」はオードリーファンである身びいきもあるかもしれませんが、若林正恭の『社会人大学人見知り学部 卒業見込』です!

タイトルが示す通り、ネガティブでねじれた思考の持ち主である若林。けれどそこに似た病理を抱える僕は激しく心を揺さぶられます。

たとえば若林は「ネガティブモンスター」という章で自分の性格についてこう書いています。

物心ついた頃から「考え過ぎだよ」とよく言われる。

最近では、付き合いが長い人に「何度も言われてると思うけどさ」と前置きのジャブが入ってから「考え過ぎだよ」と言われるようになっている。避けられない。

考え過ぎて良いことと悪いことがある。ぼくの場合は考え過ぎて悪い方向に行っている。ということだろう。

そんな「考え過ぎ」な性質は、リフレッシュに来たはずの旅行にまでついて来ます。

まさか箱根にまで心の内に生息しているネガティブモンスターがついてくるとは思わなかった。心の内にいるんだからついてくるのか。東京で悩んでいる人間は箱根でも悩む。

そして若林はこの「ネガティブモンスター」の特性を暴きます。

このモンスターは時間が弛緩して一人でいる時、つまり暇な時に限って現れる。だから、20代の時は毎日のように一緒にいた。仕事がなかったから。

暇と飢えと寒さが人をネガティブにする三大ブランドだと聞いたことがある。ならば、若手芸人はネガティブのセレブだ。

そこで若林が編み出したネガティブモンスターに襲われないために「没頭ノート」というものを書き始めた、と。暇にならないために。

さよならネガティブモンスター。お前とは遊び過ぎた。飽きた。でも、たまには遊んでやるよ。すぐ帰るけどな。

ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ。

ネガティブな考えに囚われた時、無理矢理前向きになる必要になんかない。没頭すればいいのだと若林は言うのです。

深夜、部屋の隅で悩んでいる過去の自分に言ってやりたい。そのネガティブの穴の底に答えがあると思ってんだろうけど、20年調査した結果、それただの穴だよ。地上に出て没頭しなさい。

また別の章で若林は自分の思考傾向を振り返っています。

「この先に落とし穴があるよ」と言われても「それはあなたの道でしょう」と気に留めず、自分が落とし穴に落ちてから「あ! あの人の言う通りだった!」と気付く。

勉強はしておいた方がいい、写真は笑顔の方がいい、学園祭は参加した方がいい、ブランド物はよく出来ていて長持ちする……。今思えばそれはその通りだった、と。

ポジティブはネガティブよりこの世界を生きて行くことに向いている。

人見知りだなんて家に閉じこもってないで、いろんな人と会った方がいい。

     (略)

全部みんなの言う通りだった。

クソくらえだなんて思ってごめんなさい。


人と人生は複雑だが、世界の成り立ちは素直なのか?

最近そんな気がしてきた。憤りの割合が極端に減った。憤りがない分、自意識と向き合う時間も減った。(略)自意識や自己愛は下品なものだと思うようになった。

実際、ラジオなどで垣間見せていた若林の刺々しい言動は次第に丸くなっていると感じることも多くなってきました。けれど、そんな病理は簡単に治るものではありません。

散歩しながらニルヴァーナを聴いても、公園のベンチで『ヒミズ』を読んでも以前のように心がざわつかない。

ざわつかない代わりにぼくの心の真ん中には「穏やか」が横たわっている。


だけど、空虚だ。

大好きなおもちゃを取り上げられた子どものような気分だ。

みんなの言う通りではあったが、みんなの言う通りの世界は面白くもなんともない。

全編、考え過ぎてねじれた思考によって生まれた熱い思いが綴られているのだけど、一方で冷めた視点と距離感があるから心にスッと侵入してきます。

僕は特に下積み時代のことを書いた「大丈夫だよ」と相方のことを書いた「春日」が大好きです。

マイ・ベスト・お笑いムック本

『お笑いラジオの時間』(綜合ムック)

2013年も数多くのムック本が発売されましたがその中で個人的ベストを挙げるなら『お笑いラジオの時間』です。

お笑いラジオの時間 (綜合ムック)

綜合図書 (2013-12-11)
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僕もコラムを書いているのでアレですが、お笑い芸人のラジオに特化し「『ラジオがおもしろい芸人』は『本物』である」というコンセプトで作られたムック本で、お笑い好き、ラジオ好きには堪らない一冊です。

おぎやはぎ×吉田豪の対談を皮切りに「お笑いラジオの現在」をオードリー、山里亮太大谷ノブ彦、東京ポッド許可局、そして山田ルイ53世にインタビュー。

「お笑いラジオ 温故知新」として松村邦洋、『コサキン構成作家鶴間政行、『たけしのオールナイトニッポン』を水道橋博士が語り、『JUNK』の宮嵜守史、『ANN』の宗岡芳樹が制作者の立場から語る、という隙のないラインナップ。

正直この手のムック本は読まない部分というのがどうしてもあったりしますが、この本は全頁隅々まで読んでしまいました。

ちなみに僕は3.11の震災直後の芸人ラジオを振り返るコラムを書いています。

その他の芸人本

その他も2013年は芸人のエッセイまたは自伝的小説の当たり年だったと思います。その中で3冊を改めて紹介します。

『芸人前夜』(中田敦彦:著)

芸人前夜 (ヨシモトブックス)
中田 敦彦
ワニブックス
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雑誌『マンスリーよしもと』に連載されていたものが、ようやく刊行。お笑い好きに限らず、すべての人にオススメできる自伝的青春小説です。

あっちゃんの恐ろしいほどの客観性と、熱い情熱が見事に融合した文章で、若手芸人の恍惚と不安が瑞々しく描かれています。

たとえば、あのネタが完成していく瞬間を描いた場面。

中田伝説というタイトルをつけていたネタを途中から僕は「デンデデン」と呼んんんでいた。なぜなら登場時に「デンデデーン!」という効果音を叫んでいたからだ。もうなにがなんだかわからないけど。

だが、ネタの授業でそれはみるみるウケていった。なんだあれ。同期が笑う。講師も笑う。


「絶対、M1の一回戦突破しような」

そのころの僕らの合言葉であった。(略)一回戦は、夏の終わりから始まる。だからだろうか。NSCの頃の記憶は夏のイメージばかり思い出す。ずっと夏だったような気がする。

その時、よく頭の中ですごい轟音を感じた。


がががががががががが。

ごごごごごごごごごご。


それがなんなのかは、あとでわかる。人生の大きな歯車が動き出す音だ。

そして中田はこのネタに名前をつける。「みんながなんとなく知っているけど、今はそんなに使われていない言葉。古いからこそ新しい言葉」で。

「武勇伝だ」

この時から先の記憶は、思い出すと頭が熱い。最高に刺激的で最悪に苦しくて、泣きそうで吐きそうで愛おしい。

こうして「武勇伝」は生まれ、オリエンタルラジオは「地獄の季節」に巻き込まれていくことになります。

この本が、オリラジの新たな代名詞になるであろうネタ「カリスマ」の生まれた年に刊行されたのも何やら因縁深いものを感じます。そして本書を読むと「カリスマ」が生まれる必然性を感じずにはいられません。

『東京百景』(又吉直樹:著)

東京百景 (ヨシモトブックス)
又吉 直樹
ワニブックス
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本書は「東京は果てしなく残酷で時折楽しく稀に優しい。ただその気まぐれな優しさが途方も無く深いから嫌いになれない」という言葉から始まる東京の風景を緒にしたエッセイです。東京の「残酷」さを言う人はたくさんいるけれど、「時折楽しく稀に優しい」と続けるのが又吉特有の繊細さだと思います。

全編がそういった繊細さで描かれています。たとえばNSC時代のことを書いた「山王日枝神社」。

NSCに通うのは苦痛だった。褒め言葉のように「変わってるね」と互いに言い合う人達が多くて気色悪かった。なぜ変わっている事が誇らしいのかが解らなかった。僕にとって『個性』とは余分にある邪魔なものを隠して調節するものであり、少ないものを絞り出したり、無いものを捏造する事ではなかった。周囲を見て、無理して個性的なふりをしている奴等を見ると虫唾が走った。

と、ここまでなら感性が鋭い人なら書けることだと思いますが、又吉はさらにこう続けます。

だから僕は以前から知っていた一部の人間としか関わりを持たいない事にした。誘いを断り、一人で本ばかり読んだ。そんな日々を送っていたら、同期の馬鹿そうな奴に「たまに又吉くんみたいにさ、無理やり世界観出したがる奴いるよね」と言われてハッとした。僕は周りを避けるあまり、いつの間にか誰よりも突飛な言動を取ってしまっていたのかもしれない。馬鹿は僕だった。そう思うと、どう生きて行けば良いのか解らなくなった。

又吉の文章は優しく、時に残酷なのです。

統合失調症がやってきた』(松本ハウス:著)

本書は統合失調書に犯されたハウス加賀谷の半生を松本キックの手によって記された壮絶な記録です。

あまりにも凄すぎてなかなか読み進められませんでした。読みにくいわけじゃありません。むしろとても読みやすい文章。でもそれ故に、効く。効きまくる。統合失調症が圧倒的リアリティで迫ってきます。

たとえば、加賀谷の中学時代。彼は「自己臭恐怖症」からくる「幻聴」が聞こえるようになります。自分の脇から異臭がすると思い込んだ加賀谷はその「臭い」皮膚を実際に手術して切り取ってしまったりもしています。

芸人になった後、加賀谷はまた症状を悪化させてしまいます。

ここからぼくの、恐怖に震える毎日が始まった。

荒唐無稽な世界がリアルに襲いかかってきた。

南の窓に現れた幻は、キックさんやモンチ*1ではない。ライフルの銃口が僕に向けられている。スナイパーだ。

「やばい!」

反射的にのけぞり、壁に頭を強く打った。

スナイパーは、ゴーグルをつけ、ライフルを構え、スコープを覗き込んでいる。『ゴルゴ13』に出てくるようなスナイパーに、僕は「殺される!」と思った。少しでも低くしないと撃ち殺される。四つん這いでも怖くなり、床にうつぶせた。部屋の中をほふく前進で移動し、息を殺して身をひそめた。

  (略)

体は恐怖にガタガタと震え、歯はガチガチと音を立てる。震えを抑えるため、両腕で強く自分を抱きしめようとする。指先には力が入り、爪が上腕にめり込んでいく。痛みなどなかった。怖くて、恐ろしくて、「助けてくれ、助けてくれ」と、誰もいないのに泣きながらお願いした。

そんな状態から加賀谷が芸人として復帰できるようになったのはキックを始めてして周囲や家族の支えなくしてあり得ませんでした。本書にはそんな深い愛情がにじみ出ています。

「あとがき」はハウス加賀谷本人が綴っています。

こないだ、精神科の診察に母さんと行った時、こんな話になったよ。

「母さん、ぼくは親孝行もせず、好きなことだけして、申し訳なく思ってるんだ。お笑いの世界に戻ることは、父さんも母さんも反対していたけど、今こうしてキックさんとお笑いをやり始めて、ぼくは毎日すごく充実しているんだ」

そしたら母さんは、こんなことを言ってくれた。

「あなたが充実した毎日を送っているだなんて、そんな親孝行なことはありません」

母さんが泣きださんばかりに喜んだので、びっくりした。

子を想う、親の気持ちの懐の深さってすごいね。

昔はなかなか理解できなかったけど、今は少し分かるようになったよ。

だけど、そんなに親孝行のハードルを下げてしまったぼくは、やっぱり親不孝者だな。

*1:加賀谷の親友