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キングコング梶原の空白の3日間

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9月3日に放送された『ブラマヨとゆかいな仲間たち アツアツっ!』のゲストはキングコング
「後輩ですけど、僕人生で一番、こいつらのこと悪口言うてた」という吉田。
デビュー後すぐに売れていった後輩への嫉妬だった。
はねるのトびら』が始まった2001年。デビュー2年目にしてキングコングは東京と大阪で計6本のレギュラー番組を抱えていた。
梶原はその忙しさに「(つらくて)泣いた記憶がありますよ」と吐露した。

梶原: ドッキリちゃうん? この忙しさ、みたいな。


ずっとストレスを抱え溜め込んでいた梶原。

梶原: それを僕、見て見ぬふりしてたんですよ。

やがて、それが限界まで達し、そこからパンっと記憶が飛んでしまったのだという。


2003年2月のある日。
ラジオ終わりでコンビ間で揉める。しかし、翌日大阪で仕事があるということで途中で切り上げる。その後、梶原はホテルに戻らなかった。
翌日の大阪のロケ。そこに梶原は現れない。電話も繋がらず音信不通。梶原がどこにいるのかも分からなかった。

梶原: 覚えてないんですよ。僕、2ヶ月半くらいお仕事をとばして(無断で休んで)いるんですよ。

そしてレギュラー番組が一気に5、6本終わる。
梶原はその日から3日間、記憶がまったくないという。


その後記憶が戻ってからも、梶原は芸人に戻る気もなくし、テレビ自体も見なくなっていた。
そして母親に呼ばれ一度実家に戻った梶原。
「ただいま」と家に帰った梶原は不審げに部屋の隅々を見渡していたのだという。

梶原: (隠し)カメラを探してたんです。これ絶対、俺のこと、どっかで撮ってんやろって。

その姿を見た母親は、すっかり精神が蝕まれたのを実感し「ああ、この子もうあかん」と初めて泣いた。


それでも母親は所属事務所である吉本興業と連絡を交わし続けてくれていた。
それが決定的な破綻を生まずにすんだのだった。
2ヶ月半くらいが経った頃。
再び母親に呼ばれた梶原はこれまでの真相を聞く。
そこで初めて西野がまだ一人で堪えていることを知る。
一人で活動したら梶原が絶対戻れないから、家でずっと待機だった西野。「絶対にいずれ漫才やりたくなる」と梶原を待っていた。
梶原は西野へ謝罪に行くことを決意する。


一方で当然ながら梶原の行動に腹を立てていた西野。
マネージャーに「梶原はなにをやってやっているのか」と問い詰める。
「梶原さん、この間、バイクの免許取りはったみたいです」
仕事を飛ばしているにも関わらずバイクの免許をとる梶原。それを聞いて一周回って「あいつ、おもろいな」と思う西野。
さらにその後「梶原さん、先週結婚されました」と驚愕の事実を伝えられ、もう笑うしかなかった。

梶原: 治りかけてるから第2の人生歩もうと思って。
西野: あれ? 結構幸せになってるな、っていうのがオモロなってきて。


「だから梶原が謝りにくるってなった時は、もうずっと笑うてもうてた」という西野。
梶原は殴られても仕方ないことをしたから「殴られると思って」覚悟を決めて西野の家へ。そしてインターフォンを鳴らす。

梶原: 「開いてるよ」って言うからガチャっと開けると、西野が奥の部屋でギター持ってるんですよ(笑)。でも、(わけが)分からないけど、謝ろうと思って土下座したねんな?
西野: うん、土下座した。
梶原: 「ごめん! ホントに申し訳ない! なんて言うていいか分からへんけど、とりあえずすまん! 許してくれ! 申し訳なかった!」って言うたら西野がジャラーン(とギターを鳴らして)、「ええで」って(笑)。もう笑うてもうて。

照れ隠しで「シャレにしようとした」西野。

梶原: でも、救われました。


壮絶な二人の話を聞き驚愕しつつ

吉田: (空白の3日間の間に)今解決してない事件の何個かお前がやったんじゃないのか?

などと抜群のツッコミをする吉田。

吉田: でも急にいなくなるって最大の裏切りちゃうん? もう信じられへんやろ

キングコングの仲悪くさせようとする吉田。
「デビューして飲みに行った時も延々、西野と解散しろって言うてた。早く売れたお前らを妬んどった」と。

西野: 真っ直ぐ腐ってますね
小杉: 太陽に向かって腐ってるやろ?

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