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タモリの生きる“コツ”

タモリ学 タモリ ブログ

10月27日早朝(26日深夜)に放送されたNHKラジオ『ラジオ深夜便』「萩本欽一の人間塾」第7回のゲストはタモリでした。
http://www.nhk.or.jp/shinyabin/shinnendo/chumoku22.jpg
萩本欽一タモリというなかなか見る(聴く)ことができない組み合わせ。この二人の接点というと、『笑っていいとも!』「テレフォンショッキング」(14/2/14)に出演した際、突然タモリが欽ちゃんの家を訪ねてきて驚いたという話をしています*1
ちなみに「大タモリ年表」では以下のように書きました。

▼1979年10月6日、『欽ちゃんのドンとやってみよう』(フジテレビ)にゲスト出演。
この頃、タモリは放送作家の大岩賞介に誘われて、萩本欽一パジャマ党の作家たちと仕事をしていた家に突然訪れている。タモリは萩本もいるとは知らなかったというが、突然の訪問に驚きつつも迎え入れた萩本や作家を前に数時間にわたり持ちギャグを繰り広げ、作家たちを笑わせ続けた。若い作家たちがタモリを絶賛し続けるのを聞いて萩本は「俺、あれからタモリが嫌いになったんだ(笑)」

今回もそんなエピソードを交えつつ、月曜の早朝に放送するのはあまりにももったいない話をしていました。

芸人にとっての綺麗な衣装

まず、欽ちゃんはタモリの衣装に触れます。
きっちりとスーツを着てネクタイを締めているタモリに「いつもそういう格好なの?」と欽ちゃんは尋ねるのです。するとタモリは「真夏以外はネクタイしてますよ」と答え、その理由を明かします。

タモリ: この業界入って4~5年目にウチの事務所の社長と会っている時に服装を注意されたんですよ。俺、服装に興味もなく趣味もなかったんで、(普段は)Tシャツの上にカーディガンのデカイの着て普通の綿のパンツ履いて「どうも社長、おはようございます!」なんてやってたんで。社長が「お笑いというものは見方によっては汚く見られる場面がある。だから普段はきちんとした服装をしろ」と言われたんです。
萩本: 普通なら、その年齢だと、「そんなのは自由じゃないか」とか考えなかったの?
タモリ: 考えなかった。そう言われた時に、客観的に自分がイグアナをやってる姿を思い浮かべて「汚いな」と(笑)。それで大体、スーツ着るようになったんです。

「やってることとは逆に素直なんだね」と欽ちゃんは驚いていましたが、タモリの本質さえ変えなければ、それ以外は周りに合わせ柔軟に変えていくというスタンスはずっと変わりません。
以前、タモリは「人間関係をうまくやるには、偽善以外にはないんじゃないか」という考えを「ネクタイ」を例にとって糸井重里と語り合ったことがあります。

糸井: 確かに「ネクタイ締めてればオッケー」みたいなところは、タモリさん、じょうずですよね。これほどネクタイをじょうずに使っているタレントはいない
タモリ: そこらへんは、偽善がうまい
糸井: 様式は、やっぱり、人を助けますねぇ。
タモリ: すべてが、様式ですから……。
糸井: つまり、偽善って、形式的な「いい関係」ですよね。銀行員のお姉さんの制服姿って、ぼくらはもう大好きなんですけど、こちらに向けて「笑ってくれる」じゃないですか。
タモリ: はい。
糸井: で、着替えて私服になると、「こんな人だったのか!」と思うんですよ。
タモリ: あれも、偽善なんです。
糸井: 偽善ですよね?
タモリ: 偽善って、徹底的にやると、これまた、別のたのしみがあるんです。
ほぼ日刊イトイ新聞 - タモリ先生の午後。

それがタモリ流の人間関係をうまくいかせるための“コツ”なのです。
このあたりのことは、拙著『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』にさらに詳しく書いているので興味のある方は是非!
ちなみに『笑っていいとも!』の最後、タモリはこう挨拶しています。

タモリ: まあ生意気なことでやってたんですけど、長い間に視聴者の皆様がいろんなシチュエーション、いろんな状況、いろんな思いでずっと見てきていただいたのが、こっちに伝わりまして私も変わりまして、なんとなくタレントとして形を成したということなんです。
視聴者の皆様方からたくさんの価値をつけていただき、またこのみすぼらしい身に、たくさんの綺麗な衣装を着せていただきました。そして今日ここで直接お礼をいう機会がありましたことを感謝したいと思います。

ここでいう「綺麗な衣装」はもちろん比喩を含んだものですが、タモリの考えがよく現れているのではないかと思います。
なお、欽ちゃんはタモリのそんな服装に対する話を聞いて、東八郎から教わったという芸論を語っています。

萩本: 僕もね、東八郎さんっていうコメディアンに教わったの。
タモリ: ああ、僕もお世話になりましたよ。
萩本: その時、顔を塗ってたわけ。おかしい役やる時、頬を赤く塗ったの。コメディアンってね、割りと汚くするんだよ。だけど「綺麗にやって人を笑わせるのが一人前だ」って。顔を汚さないほうがいいんだよって。だから俺、顔って汚したことがないんですよ。
タモリ: 昔の芸人さんはなんかつけないと恥ずかしくてできないって芸人さんが多かったですよね。
萩本: そうそう、だから塗ってたんですよ。目の下にクマ作ったりね。力のあるものは、なにもしないで汚すなって。だから綺麗にしなきゃって最初に東さんに教わった。

弁論大会のコツ

話題はタモリの中学時代の話になります。
そこで、タモリが学校で開かれた弁論大会に自ら立候補して出場したというエピソード*2が明かされます。

タモリ: 弁論大会っていうのがあって、立候補したんですよ。「俺、優勝するからやらせてくれ」って。その頃、原爆とか水爆とかの実験が相次いでたんで、放射能がどれだけ怖いかっていうのを喋ったんです。そしたらね、入賞=3位以内にも入れなかったんですよ。それで後で先生が全体の講評をするわけですけども、「この中で大局のことを言っている人がいましたが…」って俺のことに決まってる(笑)。「もっと身近なことをやれ」って言われたんですよ。
で、3年の時に、また俺、手を挙げた。「コツが分かった」と(笑)。「去年はダメだったけど、コツがわかった。今年は絶対優勝する」と。「お前、そんなこと言いながら去年は3位にも入らなかったじゃないか」「いやいや、今年はコツが分かったって言ってるだろう。身近なことを言えばいいんだよ」「ホントか?タイトル何にするんだよ?」「『もっと挨拶をしよう』」(笑)。見事優勝ですよ。
萩本: (笑)。内容、覚えてる?
タモリ: 覚えてます。「挨拶というのは人間のコミュニュケーションの第一歩である」「ですから挨拶をこちらからすることによって相手も挨拶をするだろう」「こっちが挨拶しなかったら向こうもあいさつしないんで人間の繋がりもなくなってくる」「挨拶することによって、それから人間関係が始まり、どんなに歳の差があっても仲良くなれる」みたいなことを言ったんです。「積極的に挨拶をしよう」と。
萩本: 中学生だよね?
タモリ: 中学3年生です。これ、身近でしょ(笑)。
萩本: この前、大きな話したとは思えないね(笑)。
タモリ: コツが分かったんです。この学校の先生の考え方が
萩本: 子供の頃に周りがよく見えるっていうのは大したもんだね。

このエピソード、実にタモリらしいなぁと思いました。
先ほど、衣装の話でも書きましたが、タモリは、本質さえ変えなければ、それ以外は周りに合わせ柔軟に変えていくというスタンスです。この場合、本質は弁論で優勝すること。内容なんてどうでもいいのです。きっと水爆や原爆のことも、挨拶がどうとかなんて、別に何とも思っていない。
いわば、主義主張すらも「なりすまし」ているのです。
僕は「日刊サイゾー」に書いた『ヨルタモリ』の記事でこう書きました。

よくタモリの本芸は、アナーキーな「密室芸」などと言われる。だが、そうではない。密室芸も、タモリの「なりすまし」芸のひとつの側面にすぎないのだ。事実、「密室芸」は周囲からのリクエストに応じて演じられてきたものだ。そうしてタモリはこれまで周囲に求められるまま、さまざまな「タモリ」像に「なりすまし」てきた。あるときは「アナーキーなカルト芸人」に、ある時は「お昼の顔」に、またある時は「趣味に生きる好々爺」に。いつだって、自分自身を自由自在に変えていくことだけはずっと変わらなかった。

このこともやはり『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』でも様々なエピソードや発言を元に考察していますが、そういった周りの求めるものを嗅ぎ分け、それに合わせ変幻自在に「なりすまし」ていくことで、本質や軸はブレずに生きていくという“コツ”を、中学の時には既にタモリは会得していたのです。

*1:このことは『小林信彦 萩本欽一 ふたりの笑タイム 名喜劇人たちの横顔・素顔・舞台裏』でも語られています

*2:これは初耳でした。後ほど「大タモリ年表」にも追記します。