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立川吉笑はなぜ「お笑い芸人」ではなく「落語家」になったのか

先日、「水道橋博士のメルマ旬報」の忘年会がありました。
二次会には他の忘年会が終わって落語家の立川吉笑さんも駆けつけてくれました。
吉笑さんは処女作『現在落語論』が完成したばかりとあって上機嫌。その場で、その本の編集を担当した九龍ジョーさんからできたてホヤホヤの本を初めて渡され感激しておられました。僕も初めて自分の本ができたときの感動を思い出し胸がいっぱいになりました。
二次会も終わり、その後、九龍さんに率いられ僕らはゴールデン街に移動。
そこで“事件”は起きました。


隣のお客さんと喋っているうちになぜか変な空気になり、「落語を見せてくれ」という流れになってしまったのです。
プロの芸人に素人が簡単に芸を見せろという例のアレです。
吉笑さんはそれでも落語家の矜持からか、少し長めの小噺を披露したのです。
それはとてもよくできた小噺で面白かったのですが、既にあまりよくない空気になってしまっていたので、端から笑う気なんてなかったのでしょう。スベった感じになってしまったのです。
そのお客さんが帰った後、吉笑さんは次第に気持ちが昂ぶっていき泣いてしまいました。
それははたから見ればカッコ悪い光景かもしれませんが、僕にはそうは思えませんでした。
あまりにカッコ良かったのです。
「面白い」ことで笑わせたい、そんな思いがほとばしっているように思えました。

立川吉笑はなぜ「お笑い芸人」ではなく「落語家」になったのか

「落語が『能』と同じ道をたどりそうなのは、たしかである」

落語界へそんな警笛を鳴らしたのが1965年に出版された立川談志の『現代落語論』である。
つまり「このままでは落語は大衆性を失い、正真正銘の伝統芸能になってしまうのではないか」という問題提議だ。

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『現代落語論』出版からちょうど50年経った2015年。
『現在落語論』という本が明日(18日)出版される。

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著者は立川談志の孫弟子・立川吉笑である。まだ31歳の新進気鋭の落語家だ。
立川談笑の一番弟子で、1年半という異例のスピードで二ツ目に昇進した。
「疑古典」と呼ばれる古典と同じ江戸時代を舞台とした新作落語を得意としている。
現在は、『WOWOWぷらすと』やEテレの『デザインあ』など、積極的に「落語」の外での活動も行っている。

じつは吉笑はもともと「お笑い芸人」として活動していたことがあった。
「お笑い芸人」と「落語家」は似て非なるもの。果たして彼はなぜ最終的に「落語家」を選んだのだろうか。
『現在落語論』によると彼のボックボーンは「芸人」のそれに近い。
たとえば、彼が「笑い」に「自覚的に興味を持った」のは、『爆笑オンエアバトル』だったという。この番組で「お笑い芸人にあこがれを抱くように」なった。

当然ながらダウンタウンの洗礼を受けた。リアルタイムで見ていた『ごっつええ感じ』を、大学時代に見直して、そのクオリティの高さに衝撃を受けてからこっち、松本さんの仕事を取りつかれたようにチェックする松本信者になった。
そんなぼくにとって、すべてのお笑いコンテンツのなかで、2015年になったいまでも、『一人ごっつ』は最高到達点であると思っているし、映像コントなら『VISUALBUM』が一番好きだったりする。

ほかにもコントライブDVDで一番好きなのは、千原兄弟の『プロペラを止めた、僕の声を聞くために。』だったり、ラーメンズの洗礼を受け、強く影響を受けているのはバカリズムだったり、POISON GIRL BANDやシソンヌを追いかけていたりする。
驚くほどお笑い芸人やお笑いファンと同じ道をたどっているのだ。
実際にコンビを組み、baseよしもとのオーディションに参加したこともあった。
さらに「ヨーロッパ企画」の影響を受け、構成作家の井筒大輔と「イクイプメン」というユニットを結成。倉本美津留に認められ東京に活動の場を移し、バカリズム大喜利対決をしたこともあったという。だがやがてお互いの方向性の違いからユニットは解消。
その頃に出会ったのが立川志の輔の落語だった。それがきっかけとなり落語を聞くようになった吉笑は、立川談笑の『紺屋高尾』に魅了され、この人の弟子になろうと決意したのだ。
そうした直接的なきっかけがあったにせよ、吉笑はなぜ「お笑い芸人」の道を捨てることができたのか。
それは吉笑が目指していることが「面白いことをしたい」ということだったからだ。吉笑は1分間しか持ち時間を与えてもらえないようなお笑い芸人のオーディションを通して、現在のお笑い芸人界のシステムに違和感を覚えていた。

この違和感の正体を突き詰めると、どうやら「『お笑い芸人になりたいのか?』、それとも『面白いことをしたいのか?』」という問いにぶつかる(略)。
お笑い芸人になれば面白いことができるのだけど、面白いことをするためにはかならずお笑い芸人にならなければいけない、というわけではない

とかく人は目の前の現実に埋没されて本来の目的を見失いがちだ。
例えば「芸人」になっても鳴かず飛ばずだから、「売れる」ために「面白さ」とはまったく別のスキルを磨こうとする。
「売れる」のがもともとの目的ならそれもいいだろう。だが、そうでなければなぜ「芸人」なのか問い直さなければならないのではないか。


『現在落語論』は現在の「落語」の特徴や利点がロジカルに綴られている。
それは、吉笑が「面白いこと」をするためになぜ「落語」ではならなかったのか、という命題を自ら解き明かすため自問自答しているようにも読める。またそれが何者かになるためにもがき葛藤する青春ストーリーのようにも思えてくる。なぜなら、綴られている文章は極めてロジカルだが、そこには常に「本当にそうなのか?」という自問の跡が行間に漂っているからだ。

ぼくはネタをこしらえるときに課している大きなルールが一つある。
それは「一ネタにかならず一つは、自分なりの切り口や目線を入れる」というものだ。

それを吉笑は「ギミック」と呼んでいる。
『現在落語論』にもまさにその「ギミック」と「面白いことをしたい」という初期衝動が溢れている。
冒頭に引用した談志の警笛に対しても、最終章に現在の落語界の現状や将来起こりえる問題点を挙げた上で、ひとつの回答を示している。
それは見事な落語のサゲを思わせるような鮮やかなものだった。
と同時に吉笑がなぜ「お笑い芸人」ではなく「落語家」でなければならなかったのかという問いの回答にもなっているのだ。
『現在落語論』は一本の美しい落語を聴いたかのような読後感を与えてくれる。


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ここで披露されてる「ぞおん」、めちゃくちゃ面白い!

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