2019年読んだ本10選――とにかく『聖なるズ―』が凄かった

もの凄い読書体験でした。
聖なるズー』は、常軌を逸した面白さで間違いなく自分にとって2019年のベスト書籍。自分の中の常識が次々と剥がされていきました。

聖なるズー
聖なるズー
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濱野 ちひろ
集英社
売り上げランキング: 827

動物とセックスをする人たち――というと、僕らは眉をひそめる。「おぞましい」とさえ思う人も少なくないでしょう。人間にとっての禁忌だと。
『聖なるズ―』は、「動物性愛者」たちを描いたノンフィクション。ドイツの動物性愛者による 団体「ZETA( Zoophiles Engagement für Toleranz und Aufklärung)/ゼータ(寛容と啓発を促す動物性愛者団体)」のメンバーを中心とした合計22人(うち女性が3人)と、著者が時に寝食をともにしながら対話した記録です。

動物とのセックスといって僕たちがまっさきに思い浮かべるのは「獣姦」でしょう。けれど、「獣姦(bestiality)」と「動物性愛( zoophilia)」は似て非なるものだという。動物性愛者は自らを示す「zoophile(ズーファイル)」を略し「ズー」と呼びます。

獣姦は動物とセックスすることことそのものを指す用語で、ときに暴力的行為も含むとされる。そこに愛があるかどうかはまったく関係がない。一方で動物性愛は、心理的な愛着が動物に対してあるかどうかが焦点となる。

動物性愛者は自分の愛する特定の動物の個体を「 パートナー」と呼び、人によっては「妻」や「夫」と表現する。彼らにとってその動物は決して「ペット」では ない。 複数の動物を飼っている場合は、「彼がパートナーで、ほかはペット」と説明されることもある。パートナーはひとりにつき一頭の場合が多い。理由を尋ねると、多くの人々が「その動物だけが自分にとって特別な存在だから」と説明する。

ズーのパートナーは犬や馬がほとんど。ゼータには猫をパートナーに選ぶメンバーはいないそうです。猫は人間との体格差が大きく、かつ性器も小さいので猫を傷つけないでセックスをするのが不可能だからです。
ズーは愛情を持たず、動物とのセックスだけを目的とする「ビースティ(獣姦愛好者)」や、動物を苦しめること自体を楽しむ「ズー・サディスト(動物への性的虐待者)」を嫌います。
けれど、多くの人にとってそれは区別がし難い。だから、「動物へのセックス」自体を禁忌としてタブー視します。そこに動物に対するレイプ、暴力じゃないかという疑惑が漂うからでしょう。なぜなら、動物は人間に対し、意思表示ができません。人間の性的欲求の道具にされていると思うからです。
本書でも指摘されているとおり、動物性愛に対して抱く嫌悪感は、「小児性愛ペドフィリア)」に対するそれと近い。

ここには対等性にまつわる問題が横たわっているように私には思える。「大人と子どもは対等ではない」という感覚と、「人間と動物は対等ではない」という感覚は近似している。人々がこのふたつを並べがちなのは、「人間の子どもも動物も、人間の大人ほど知能が発達していない」という認識があるからだろう。特にそれは言語能力に顕著に表れる。動物は言葉を話せず、小児も小さければ小さいほど言葉を操れない。

多くの人が犬などのペットを「家族」だと形容します。けれど、いくら成犬になろうと「子ども」として扱われます。

犬たちが「子ども」であるからこそ、人々は無意識に「ズーフィリア」と「ペドフィリア」を重ね合わせて考えてしまうのだろう。
一方、ズーたちの犬に対するまなざしは、一般的な「犬の子ども視」のちょうど逆だ。彼らを成犬を「成熟した存在」として捉えている。彼らにとって、パートナーの犬が自分と同様に、対等に成熟しているという最たる証拠は、犬に性欲があるということだろう。彼らにとって犬は人間の5歳児ではないし、犬が「人間の子どものようだから好き」なのではない。

「犬とのセックスは、自然に始まるんだよ」
「犬が誘ってくるんだよ。犬が求めてくるんだ」
犬とのセックスを語るズーの証言に僕は困惑します。にわかには信じがたい。けれど、ズーたちは異口同音に語ります。

「僕にはむしろ、どうして多くの人がわからないのかが、わからない。喉が渇い渇いている、お腹が減っている、遊びたがっている、そういうことはわかるのに、なぜセックスのことだけわからない? 愛犬家ですら、わからないと言うんだからね。動物たちと本当に一緒にいたら、わかるはずだと思うけどな」

そう言われてみれば、確かにそうかもしれません。犬を飼った経験がある人なら、彼らが今何をしたいのか、喜んでいるのか、悲しんでいるのか、怒っているのか、そういうことは「わかる」。(それが人間の勝手な勘違いだったとしても)半ば確信めいた感覚があります。そして思い返せば、彼らが性的に欲情している素振りを見せることもあったような気もするのです。そんなことがあるはずがないというほうが、論理的ではないはずです(その対象が人間に向いているかというと、そこにはまだ一段壁があるような気がするけど)。

「動物には、人間と同じようにパーソナリティがある」とズーたちは言います。日本語に直訳すると「人格」や「個性」だけど、その訳では彼らが指し示すものを正確には理解できないと。それは「自分と相手の関係性のなかから生じたり、発見されたりするもの」だといいます。

じっくり時間をともに過ごすうちに、相互に働きかけ合って、反応が引き出され合う。そこに見出されるやりとりの特別さを、ズーは特定の動物が備えるパーソナリティだと表現している。

彼らがもっとも重視にしているのは、「動物との対等性」*1。だから、彼らは動物に人間とのセックスの仕方を教えたりはしない。そんなことをすればパートナーを「セックス・トイ」のように扱うことになるから。「対等性」は一瞬で崩れ去ってしまう。動物自身が望まない限りセックスを行わないという彼らは、自分がズーと自覚している人でも、動物とのセックスが未経験の人も少なくないそうです。

「セックスの話題はセンセーショナルだから、みんなズーの話を性行為だけに限って取り上げたがる。だが、ズーの問題の本質は、動物や世界との関係性についての話だ。これはとても難しい問題だよ。世界や動物をどう見るか、という議論だからね。ズーへの批判は、異種への共感という、大切な感覚を批判しているんだよ」

まさに本書は「世界との関係性」をめぐる話です。
これを読む前と後とでは、世界と動物たちへの見方が劇的に変わっていきました。それはあまりにも鮮烈な体験でした。

聖なるズー
聖なるズー
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濱野 ちひろ
集英社
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ちなみに僕がこの本と同時並行で読んでいたのが能町みね子の『結婚の奴』と、長江俊和の『恋愛禁止』。
どちらもまったく違う話なんだけど、前者は、社会が作った「普通」という規範に馴染めず、自分なりの他者との関係性をあり方を考え構築していくもので、後者が「愛」と「支配」をめぐる話で、根底では『聖なるズ―』とリンクしている感じがして、それを含めて思考が巡り巡るような刺激的な読書体験が年末にできました。

結婚の奴
結婚の奴
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能町 みね子
平凡社
売り上げランキング: 756

恋愛感情のない夫(仮)と“結婚”生活を始めた顛末やその過程での思考を選びぬかれた語彙で綴った本。めちゃくちゃ共感できる部分も、まったく逆の部分も、考えもしなかったことも、リズムの良い文章にうっとりしながら、思考の渦の中に漂える感じが心地よい。

恋愛禁止
恋愛禁止
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長江 俊和
KADOKAWA (2019-12-25)
売り上げランキング: 21,826

『放送禁止』の長江俊和による『禁止』シリーズの最新作。精神的に支配されていた男を殺した主人公の女性。だが、なぜか忽然と消える犯罪の痕跡。冒頭からグイグイ引き込まれます。


その他、今年読んだ本で印象に残った本を挙げていきます。

ナイツ塙による「現代漫才論」。もはや説明不要の面白さ。

今夜、笑いの数を数えましょう
いとう せいこう
講談社
売り上げランキング: 189,581

こちらも「お笑い論」。いとうせいこうが、倉本美津留ケラリーノ・サンドロヴィッチバカリズム枡野浩一宮沢章夫、きたろうと対談。『言い訳』とあわせて読むとそれぞれの面白さが倍増します。

僕の人生には事件が起きない
岩井 勇気
新潮社
売り上げランキング: 204

大好き。

つけびの村  噂が5人を殺したのか?
高橋ユキ(タカハシユキ)
晶文社
売り上げランキング: 2,137

一夜にして5人の村人が殺害された「山口連続殺人放火事件」のノンフィクション。noteで話題になり書籍化。ずっと漂っている不穏な感じがなんとも言えない読後感を引き起こす。

マゾヒストたち: 究極の変態18人の肖像 (新潮文庫)
松沢 呉一
新潮社 (2019-10-27)
売り上げランキング: 10,568

乳首攻めされ続けた結果、子供の小指ほどの乳首になった男、馬になりたい男、身体改造マニア、盲目のマゾ、金蹴りフェチ、睾丸を摘出し女王様にプレゼントする男……と様々なマゾの男たちを描いた本。人間…!ってなる。と同時に日本におけるSM史を俯瞰できるようにもなっていて興味深かったです。

新宿二丁目 (新潮新書)
伏見 憲明
新潮社
売り上げランキング: 103,460

新宿二丁目がいかにして世界に類を見ないゲイタウンになったのかを解き明かすのだけど、それだけではなくジャズ喫茶の成り立ちやそれがゲイバーとリンクしていく歴史とか、それに大きな役割を果たした野口親子の話とか、新宿文化の話とか、ゲイバーを通して見る様々なものの情報量が多くて、読み応えたっぷり。

『家、ついて行ってイイですか?』などを手掛ける高橋弘樹の著書(昨年末刊行されたものですが)。この手のテレビマンの発想術や演出論的な本の中でもダントツに面白かったです。読むことで実際にそれを「体験」できるように書いてあって納得感がものすごい。まさに「使える」本。また、そこから漂う著書の“内側”が漂ってくるのもとてもいい。

売れるには理由がある
戸部田 誠 てれびのスキマ
太田出版
売り上げランキング: 91,513

そして、忘れてはいけない僕の著書。様々な芸人の代表的ネタからなぜそのネタが生まれたのか、どうしてそのネタがその芸人にとっての代表作になったのか、みたいなことを書いた本。上記の本とあわせて是非!

*1:ズーの人たちは「動物は裏切らない」ということを強調するが、僕はこの点は引っかかった。「裏切らない」というより「裏切れない」のではないかと。だとするなら、そもそもの前提として「対等」ではないのではないかと