「1番・サード」を選ぶ中居正広のリーダー論

6月3日に『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』が発売されました!

ラインナップは以下のとおり。

序章 内村光良「怒り。」前編(書き下ろし)
一章 出川哲朗のリアルガチな成りあがり
二章 笑福亭鶴瓶があこがれられない理由
三章 タモリ少年期
四章 中居正広SMAPの時計
五章 早見あかりももクロの背中
六章 博多華丸・大吉の“来世”
七章 レイザーラモンの人生すごろく
八章 キャイ~ンが泣いた日
終章 内村光良「怒り。」後編(書き下ろし)


いまだに記憶に鮮明に焼き付いている『笑っていいとも!』「グランドフィナーレ」。
もうあの日から1年以上経ってるなんて信じられない思いです。
タモリ鶴瓶、さんま、とんねるずウッチャンナンチャンダウンタウン爆笑問題ナインティナインといった日本を代表する芸人たちが同じ舞台に勢揃いした奇跡のシーン。

「仕切れ!」

スタッフからそうカンペで仕切り役を指示されたのは、他のどの芸人でもなく、「アイドル」である中居正広でした。
「アイドル」とは本来儚い存在。年齢を重ねれば重ねるほど、生き残ることが難しくなっていきます。
しかし、SMAPは年齢を超越し、いまだに男性アイドルグループのトップを走り続けています。
いったいなぜ中居正広はアイドルグループのリーダーとしても番組MCとしても第一線に居続けるという前人未到の偉業を成し遂げているのか、その理由の一端を示すインタビューがあります。
それは『週刊SPA! 2013 9/17・24合併号』に掲載された「中居正広の仕事論」と題されたインタビュー。
小学生時代の少年野球チームでのエピソードに彼の「リーダー」観、「チーム」観がかいま見えます。

中居: 個人的な手柄や評価、見返りを求めない、というのは重要ですね。(略)私利私欲をなくすことが、チームになったときはすごく大きいんじゃないかと思いますね。人には向き不向き、ポジショニングってありますから。それを理解したのは小学校5年のときの野球チームで学んだことかもしれない。
---そんな小5の段階で悟ってしまったんですか!?
中居: さすがに私利私欲とか評価といった言葉では考えてはいなかったですけど、振り返ると、4番でピッチャーをやりたいと言わずに、自らサードで1番のほうが合っていると思い、後輩に「君は体がデカいから4番をやりなよ」って譲ったんです。それはSMAPになってから、「あっ、俺って歌っちゃいけないんだな」って思ったのと同じ(笑)。
(『週刊SPA! 2013 9/17・24合併号』より)


コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』掲載の「中居正広SMAPの時計」では、そんな中居正広の「リーダー論」も含め、「アイドルグループ」と「バラエティ番組」の共通点を考察しつつ、タモリと中居の関係を絡めながら、彼がいかに芸能界で戦ってきたかを書きました。


さらに告知です!
来たる6月20日(土)、福岡でイベントが開催されます!twipla.jp
に呼んでいただきました!
福岡です。
福岡周辺にお住みの方、あるいはたまたまその近辺に福岡を訪れる方々、是非お越しください!

日時:6月20日土曜日18時~20時
会場:書斎りーぶる
   福岡県福岡市中央区 天神4-1-18 サンビル2階
参加費:1500円
参加希望の方は poprocker@outlook.jp まで


また当日はイベントにちなんだTシャツ販売も行います。
2000円で販売いたしますので此方もお楽しみに!
因みにTシャツ付イベントチケットは3000円で販売いたします。
ご希望の方はメールにその旨明記してサイズ(XS~XL)をお知らせください。

僕へのご質問や「この人について聞きたい!」等、ご要望がありましたら、お申込みの際などに添えていただけるとありがたいです。
よろしくお願いします!

タモリにとって「子供時代」とは何か

6月3日に『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』が発売されました!

ラインナップは以下のとおり。

序章 内村光良「怒り。」前編(書き下ろし)
一章 出川哲朗のリアルガチな成りあがり
二章 笑福亭鶴瓶があこがれられない理由
三章 タモリ少年期
四章 中居正広SMAPの時計
五章 早見あかりももクロの背中
六章 博多華丸・大吉の“来世”
七章 レイザーラモンの人生すごろく
八章 キャイ~ンが泣いた日
終章 内村光良「怒り。」後編(書き下ろし)


タモリについては拙著『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』に詳細に書きました。
しかし、奥深い人物故、とても全てを書ききれません。
たとえば、彼の少年時代。
タモリ学』のほうでも断片的には書きましたが、とても網羅できたわけではありません。
たとえば、タモリが小学生時代はどんな子供時代を送ったのか?
右目の失明は彼にどんな影響をもたらしたのか?
彼の少年時代の“デビュー作”「コント烏天狗」とは何だったのか?
タモリの性の目覚めはどんなものだったのか?
そして意外にも「やる気」にみなぎっていた中・高校時代とは?
コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』掲載の「タモリ少年期」では、そんなエピソードを辿っていくことで、いったい彼がいつから「タモリ」だったのかを探っています。

「この線路をたどって行けば、どこにでも行けるのか」
 少年時代のタモリにとって、それは驚きだった。小学校高学年になって自転車に乗れるようになったタモリ少年は行動範囲が広がり、筑肥線筑前高宮駅(現在は廃駅)まで来れるようになっていた。「鉄道ファン」で知られるタモリだが、正確に言えば「線路ファン」なのだ。タモリは全国に繋がっている線路の“分岐”を眺めながら、「大変なことをやらかしたな」と心踊らせているような少年だった。
(『コントに捧げた内村光良の怒り』より)


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立川談志が語る笑福亭鶴瓶の“フラ”

6月3日に『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』が発売されました!

ラインナップは以下のとおり。

序章 内村光良「怒り。」前編(書き下ろし)
一章 出川哲朗のリアルガチな成りあがり
二章 笑福亭鶴瓶があこがれられない理由
三章 タモリ少年期
四章 中居正広SMAPの時計
五章 早見あかりももクロの背中
六章 博多華丸・大吉の“来世”
七章 レイザーラモンの人生すごろく
八章 キャイ~ンが泣いた日
終章 内村光良「怒り。」後編(書き下ろし)


当初、Amazonの商品説明に掲載された目次、その第2章が

二章 笑福亭瓶があこがれられない理由

になっていたのには驚きました。
もちろん「瓶」ではなく「瓶」です!(笑)

良い人だけどあこがれないなぁ

鶴瓶に対し、面と向かってそう言い放ったのは、今回の書き下ろしの題材でもあるあの内村光良です。
笑福亭鶴瓶といえば、誰もが認める日本を代表する芸人。
大御所のひとりであることに異論を挟む人はいないでしょう。
けれど、ウッチャンがそんな風に言うなど、後輩芸人からもイジられまくる鶴瓶
偉大な業績とは裏腹に「BIG3」にもなれませんでした。
あこがれられることもなく、「BIG3」のような称号とも無縁。
それは一体なぜなのか。
実はそこには、鶴瓶の芸人としての哲学が深く関わっているのです。


コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』に掲載している「笑福亭鶴瓶があこがれられない理由」では、鶴瓶本人の言葉から、その理由を探ってみました。
その中から立川談志による「チンポ論」の一節を引用します。

 入院した立川談志鶴瓶が病院に見舞いに行ったときのことだ。ふと両者が黙った瞬間ができた。
チンポというものは……」沈黙を破って談志が語り出した。「(ビート)たけしは出せといったら出す、三枝(現、桂文枝)は出さない、鶴瓶は出せと言わなくても出す
 思えば、鶴瓶は比喩も含めればいつだってチンポ丸出しだ。それをタモリは「自“開”症」と表現する。
「死んだ談志師匠がようゆうたんやけども、僕のことなんか『よう遊んでる』『むちゃくちゃや』と。でも『これが一番大事な“フラ”*1ができるんだ』と言ってくれましたね。そのときはわからなかったけど。やっぱり習うよりも自分で開発していくもの。ただ若いころからいろんなことやってないと無理よ」
(『コントに捧げた内村光良の怒り』より)


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*1:落語用語で、理屈では説明できない天性のおかしさ、というような意味で使われる

出川哲朗の“伝説”の卒業スピーチ

6月3日に『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』が発売されました!

ラインナップは以下のとおり。

序章 内村光良「怒り。」前編(書き下ろし)
一章 出川哲朗のリアルガチな成りあがり
二章 笑福亭鶴瓶があこがれられない理由
三章 タモリ少年期
四章 中居正広SMAPの時計
五章 早見あかりももクロの背中
六章 博多華丸・大吉の“来世”
七章 レイザーラモンの人生すごろく
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終章 内村光良「怒り。」後編(書き下ろし)

ウッチャンの書き下ろしの前編に続く第1章のテーマは「出川哲朗」。
言わずと知れた日本を代表するリアクション芸人にして、ウッチャンとは横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)時代の同級生。ウッチャンを唯一*1「チェン」と呼ぶ男です。


出川は横浜放送映画専門学院での卒業式で“伝説”と呼ばれるスピーチを残しています。
それは彼が学長であった世界的映画監督・今村昌平より与えられた「今村昌平特別賞」授与式のときです。

先生、少々僕に時間を下さい!

そう言って式の進行を遮ったのです。そして、学生たちに向かってスピーチを始めたのです。

今、青年座の試験(結果)、見てきた、俺は落っこった!
でもお前たちの前に挫折感を味わっただけで、俺はこんなことじゃ負けない! 俺は、横浜放送映画専門学院出身だということを、将来有名になったら声高々と言ってやる!

さらに出川は続けます。彼の中では、『金八先生』の加藤優による卒業式のスピーチのイメージだったそうです。

俺に5年の時間をくれ! 頭出したる。
俺に10年の時間をくれ! 有名になったる。
俺に20年の時間をくれ! 頂点獲ったる。

まあ見とけや!

そして出川哲朗はその言葉をリアルガチに“実現”していくのです。
かつて「チェン、俺は三國連太郎になるから」と語っていた出川がいかにして日本を代表するリアクション芸人になっていったのか。
コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』に掲載されている「出川哲朗のリアルガチな成りあがり」でそこに至るまでの経緯を詳しく書きました!

 キューバの美しい街並みをオープンカーで優雅に走って行く。
 その車中で東野幸治は「人生勝ち組ですね」と呟いた。となりに座る出川哲朗は誇らしげに言った。
「すぐこのロケがあったわけじゃないからね。首の骨以外の全部の骨を折ってきたから今ここに座ってる訳ですから!」
(『コントに捧げた内村光良の怒り』より)


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*1:最近はローラもそう呼んでるけど

内村光良バラエティ番組年表

しつこいようですが、本日6月3日、コアマガジンより『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』が発売になりました!

繰り返しになりますが、これは「水道橋博士のメルマ旬報」連載「芸人ミステリーズ」の中から厳選したものをまとめたものです。ラインナップは以下のとおり。

序章 内村光良「怒り。」前編(書き下ろし)
一章 出川哲朗のリアルガチな成りあがり
二章 笑福亭鶴瓶があこがれられない理由
三章 タモリ少年期
四章 中居正広SMAPの時計
五章 早見あかりももクロの背中
六章 博多華丸・大吉の“来世”
七章 レイザーラモンの人生すごろく
八章 キャイ~ンが泣いた日
終章 内村光良「怒り。」後編(書き下ろし)

書き下ろしは、ウッチャンです!


昨日のエントリでは「内村光良が子どもだった頃」の年表を紹介しましたが、今日はデビュー以後、ウッチャンが関わってきたレギュラー番組の変遷を紹介します。ドラマを除く地上波キー局のレギュラー番組を年代ごとにざっくりまとめてみました。(色分けは適当)
https://36.media.tumblr.com/6e41a5e80b3decb6eac0cf7d0865fd6a/tumblr_npcq11yfXH1qkivfoo1_540.png
(※小さくて見にくい場合はこちらで)


これを見ると、ウッチャンがほぼ途切れなく常に最前線で活躍していたことが分かります。が、そんな中でも、番組の種類には波があり、大好きなコント番組をやれている時代と、そうでない時代がハッキリしています。
その辺りに注目して見ていくと、なんらかのサイクル的なものが見えてきてとても興味深いです。


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日時:6月20日土曜日18時~20時
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内村光良が子どもだった頃

いよいよ、明日6月3日に『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』が発売されます!
これは、以前お伝えしたとおり、「水道橋博士のメルマ旬報」に掲載されている連載「芸人ミステリーズ」をまとめた『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか』に続く第2弾です。

改めてそのラインナップを紹介すると以下のとおりです。

序章 内村光良「怒り。」前編(書き下ろし)
一章 出川哲朗のリアルガチな成りあがり
二章 笑福亭鶴瓶があこがれられない理由
三章 タモリ少年期
四章 中居正広SMAPの時計
五章 早見あかりももクロの背中
六章 博多華丸・大吉の“来世”
七章 レイザーラモンの人生すごろく
八章 キャイ~ンが泣いた日
終章 内村光良「怒り。」後編(書き下ろし)

というわけで、書き下ろしのテーマはウッチャンです!
もちろん、他の各章に比べ、数倍のボリュームで、詳細に内村光良の芸人人生を振り返っています。
このような、誰かをテーマに長めの原稿を書く際、僕はたいていその人の簡単な「年表」を作成します。
そこで今回は、その年表のうち、内村光良が子どもだった頃、つまりプロデビューするまでの年表を紹介したいと思います。

内村光良年表(1964年~1986年)

誕生

・1964年7月22日、誕生。

幼稚園

・笑いを取る快感を覚える。 
・目立つことが好きでお遊戯会で王子様役
・5歳 初めて女の子「ナオコちゃん」にラブレターを書くが、渡せなかった。

小学校

・1970年、あさぎり町立免田小学校に入学。
・“神童”と呼ばれる。勉強ができ、運動神経万能、学芸会でもいつも主役。
・3年の二学期のとき、人吉市立西瀬小学校に転校。
・3年のとき、成績がオール5
・3年か4年の頃、「日吉丸」を読んで感銘を受けクラス会で人形劇「豊臣秀吉物語」を上演
・クラスの発表会や遠足などチャンスを見つけては、『全員集合』やコント55号などありとあらゆるバラエティ番組のコピーをしていた。欽ちゃんの番組にネタはがきを送ってもいた。
・4年のころ、父親の勧めで剣道を始める。個人戦では3位が最高。団体戦ではチームの副将を務める。
ソフトボール部にも入部。「1番・センター」で市大会準優勝。
・水泳部にも入部。わずか2ヶ月の練習でバタフライの市の予選を突破。県大会に出場し8位に。
・水彩画を描いて入選
・6年生 児童会長を務める。

中学校

・1977年、人吉市立第二中学校入学。
・野球部に入部。セカンドを守っているときは全試合ノーエラーだったがサードにコンバートされると暴投エラーを繰り返す。
・いちばんモテた時期。学校で3~4番手くらいにはモテた。が、2年のとき、好きになった女の子「ジュンコちゃん」に手紙で告白。3年のとき直接告白するも失恋。
・1年のとき、テレビで映画『街の灯』を観て号泣。映画に目覚める。
・2年のとき、映画館に『ロッキー』を観に行き、映画監督を志す。
・2年のとき、文化祭のクラス劇で脚本・演出・主演を務め、チャップリンの『キッド』をモチーフにした作品を上演
・3年のとき、同じく文化祭のクラス劇で映画『自転車泥棒』をモチーフにした劇を上演。     

高校

・1980年、熊本県立人吉高等学校入学。
・映画同好会に入会。
・夏休み・冬休みには実家の酒屋でバイトして、編集機材などを買い揃える。
・1年のとき、自主映画『飛んでやる』を制作、上映
・2年のとき、自主映画『戦争愛してます』を制作、上映
・3年のとき、自主映画『男物語』を制作、上映
・2年のとき、付き合い始めた彼女と春休みに映画『伊豆の踊り子』を観た後、ファーストキス。3年の秋に別れる。

専門学校

・1983年、横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)演劇科に入学。
・既に上京していた「あんちゃん」こと従兄弟の内村宏幸東白楽駅前のアパートで同居。2駅先にある学校まで走って通った
・入学初日、出川哲朗に話しかけられる
・5月 農村実習のとき、南原清隆と話す仲になる。
出川哲朗らと「ぴあフィルム・フェスティバル」に応募するが、一次審査で敗退
・2年 『大熱狂・港だ!祭りだ!横浜どんたく!!』(テレ東)に素人として出演
・2年 漫才の授業で南原清隆とコンビを結成結成当時のコンビ名は「おあずけブラザーズ」
・漫才の特別発表会でコント「素晴らしきイングリッシュの世界」を発表内海好江に絶賛される。
内海好江の勧めで渋谷・円山町の「見番寄席」に出演。
・同じく内海好江の薦めで『お笑いスター誕生!!』のオーディションに参加。ここでダウンタウンを“目撃”
卒業公演「横須賀物語」で南原とともに「ナイトクラブの漫才師」役。エンディングのダンスシーンで真ん中に立ち止まったまま号泣

プロデビュー

●1985年
・5月11日~ 『お笑いスター誕生!!』第5回オープントーナメントサバイバルシリーズ(~86年7月27日)出場。準優勝
・10月12日~ 『お笑いスター誕生!!』第6回オープントーナメントサバイバルシリーズ(~86年1月18日)出場。第4位(敢闘賞)
・10月~ 『オールナイトフジ』にレギュラーとして出演(~86年4月)。
●1986年
・4月19日 『お笑いスター誕生!!』第7回オープントーナメントサバイバルシリーズ(~86年7月5日)出場。3度目の挑戦で優勝。直後、番組終了。

この年表を見れば、内村光良は子どもだった頃からずっと「作品作り」への並々ならぬ情熱を持ち続けていたことが分かります。
コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』の書き下ろし「内村光良『怒り。』」では、そんなウッチャンの作品作りへの感動的なまでの強いこだわりについても詳しく書きました。
是非、ご一読ください!

6月3日、「メルマ旬報」連載の“「芸人ミステリーズ」傑作選”第2弾発売決定!

おかげ様で、6月3日に新刊を発売できることになりました!
水道橋博士のメルマ旬報」で連載している「芸人ミステリーズ」をまとめた本『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』に続く第2弾です。
タイトルは『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』。

ラインナップは以下のとおりです。

序章 内村光良「怒り。」前編(書き下ろし)
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二章 笑福亭鶴瓶があこがれられない理由
三章 タモリ少年期
四章 中居正広SMAPの時計
五章 早見あかりももクロの背中
六章 博多華丸・大吉の“来世”
七章 レイザーラモンの人生すごろく
八章 キャイ~ンが泣いた日
終章 内村光良「怒り。」後編(書き下ろし)

このラインナップはほぼ僕の希望通りでした。さすがに「レイザーラモン」の回を入れるのは編集部から「ん?」と言われましたが(笑)、結果、書き下ろしを除けば、この章が一番長いといういい感じにおかしなラインナップになってます。
もちろん、章ごとに独立していますので、お好きな部分だけ読んでもらっても構わない形になっていますが、各章が微妙に繋がって相互に補完しあうような構成にしたつもりです。


書き下ろしのテーマは表題のとおり、ウッチャンナンチャン内村光良です!
今年でちょうど芸歴30年。常に第一線にいつづけながらも、その活躍に見合うほど語られているとは言えない状況だと思います。そんな中で、これまでウッチャンについて書かれたものの中でもっとも詳しい評伝になっていると自負しています。
是非、ご一読ください!


第1弾の『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』や『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(Kindle版もあります)ともどもよろしくお願いします!