オリンピックの女神はなぜ荒川静香に「キスを」したのか?


「伸身の新月面が描く放物線は栄光への架け橋だ!」「しびれるような点差」「小西さん、どうぞ泣いてください」「冨田が冨田であることを証明すれば日本は勝てます」「トリノの女神は荒川にキスしました」などなど数多くの名言を生み出したNHKアナウンサーの刈屋富士雄。彼が多くの人に支持されているのは、何もそういった名フレーズだけではなく、第一に、そのスポーツの本質、面白さを正確に、的確に伝えるアナウンス力があるからでしょう。そして、そこに選手たちや競技に対する愛情と敬意が滲み出ているから。
そんな刈屋アナのインタビューが「ほぼ日刊イトイ新聞」に連載されていたが、ついに完結しました。あまりにも興味深い話の数々で全てが読みどころですが、特に印象的だった部分を一部引用したいと思います。
いやー、プロフェッショナルってのはこういうことなんだよなぁ。

オリンピックの女神はなぜ荒川静香に「キスを」したのか?

永田  「発言の一人歩きということでいうと、たとえば、アテネの男子体操団体で「『栄光への架け橋だ!』と絶叫」みたいなことが新聞には書いてありますよね。
でも、実際にあれを聞いてた人はわかると思うんですけど、刈屋さんは、絶叫はしてないですよね」


刈屋  「そうですね。少し詳しく言うと、ぼくとしては、絶叫したのは、その少し前のところだけですね。
「栄光への架け橋だ」と言って着地する4つくらい前の技に、「コールマン」というのがあるんです。
あそこで冨田選手が鉄棒をつかむ直前に「これさえ取れば!」と言ってるんですが、あそこは絶叫しているんです。

あとはもう「勝った」という実況です。「みなさん、勝ちましたよ」と。
「これはもう、まさに 日本の体操が栄光を取り戻して その栄光が始まる曲線ですよ」
という、そういうつもりですね」

永田  「(「塚原に金メダルをかけてあげたかった」というのは)昔からのファンだけじゃなくてぼくらにわかファンもそう感じたんですよ。
刈屋さんの説明を聞いてるとその日だけのにわかファンなのに「そうなんだよ!」って言いたくなるんですよ(笑)」
刈屋  「(笑) 」
永田  「それまでの日本の苦労なんて知らないくせに、「いや、塚原はね、金メダルのないときにね」って、思わずつぎの日に説明したくなっちゃう(笑)。
でも、それって、かんちがいじゃなくて、あの瞬間だけで、ぜんぶを(放送で)伝えてもらって「おれ、ほんとうにそう思ってるから言ってもおかしくないよ?」くらいの思いこみになっちゃうっていうか。
そういう放送だったなって思うんですよね」


刈屋  「やっぱり、ああいう中継のときっていうのは、いかに見ている人の心と共鳴していくかということが重要になってくるんですね。
それは、昔の状況を知ってる人の「そうだよ!」っていう記憶を呼び戻すような記憶の共有ができるかということと、初めて見た人にも「じつはこういうことがあるんですよ」というエピソードとしていかに印象的に伝えられるかという、その部分が重要になってくるんだろうなと」

刈屋  「(フィギュアの)第二採点のなかで、とくにカギを握るのが、5つの要素のなかの最初の項目、「スケート技術」なんです。
じつはこの項目がきわめて重要で「スケーティングの技術が低い」というふうにジャッジに評価された選手の点は最終的に、上がらないんです。
つまり、スケーティングそのもののレベルが低いという判断になってしまうんです」


永田  「「勝ち目がない」。しかも、それは、どうしてもジャッジの主観が入る」


刈屋  「 はい。で、ショートプログラムが終わったとき、「スケート技術」の点を見ると、荒川がいちばん高い点だったんです。
それを見て、あ、これはもしかすると荒川がメダルをとることができて、しかも、そのメダルは金かもしれないと、ぼくはそのときにはじめてそう思ったんです。

スルツカヤというのは、そのときまでスケーティング技術の点数においてほとんど負けたことがなかったんですね。
ところが荒川にそこで負けたと。
ショートプログラムが終了した時点でスルツカヤサーシャ・コーエンと荒川は、ほとんど点数は横一線でしたけれどもスルツカヤはものすごく焦ったと思うんですね。
荒川があんなに点が出るということにたぶん彼女は驚いたと思います」

刈屋  「まずサーシャ・コーエンが滑りましたが、ミスをふたつした。
そのことによって荒川は無理をしなかったんですね。
3回転ー3回転を、3回転ー2回転にして、さらに、3回転を2回転にした。
永田  「はい」
刈屋  「そこまで無理をしなかったということは「荒川は金をとりにいっていない」
ということですよ」
永田  「えっ!? そうですか」
刈屋  「そうです、そうです。だって、最後にスルツカヤがいるわけですから。
もし金メダルをとりにいくのであれば、サーシャ・コーエンのあとで「よし!」と挑戦するはずなんです。


自分の演技に集中して、その結果、メダルがとれればいい、くらいのものだと思うんですよ」


永田  「それは決して悪い意味ではなく」
刈屋  「悪い意味じゃないです! これはまったく悪い意味ではない。
消極的だとか、安全策だとか、そういう意味ではなく、それをさらに超越して自分の演技に集中できたということなんですね」

永田  「ただ、違う言い方をすると、(村主は)失敗をせず、自分のベストを尽くしたのにそれがメダルに届かなかったというのはアスリートとしていちばんつらいんじゃないかとも思います」
刈屋  「つらい、ですよね。表彰式も全部終わって、選手たちもみんないなくなったときに
村主選手はひとり戻ってきてスタンドからリンクをずっと見てましたね」
永田  「あああ、そんなことがあったんですか」
刈屋  「もうポツンと座って、ずうっと見てました。いろんなことを思ったんでしょうね。
やれることはやったのか、とかあそこの部分はもうすこし変えていたら、みたいなこともあったのかもしれないですし、それはわかりませんけどね‥‥。
ただ、じいっとリンクを見てました」

刈屋  「オリンピックがはじまる前から毎日のように報道されていて、国内では情報量がものすごく多い。
しかも、公式練習まで生中継していて、いろいろと細かく情報が伝わっている。
それがわかっていましたから、今回、ぼくは、放送としてはいつもよりコメントをおさえたんです。
もう、あれだけ情報が出ていれば、観る人ひとりひとりがそれぞれのストーリーを感じながら観られるわけじゃないですか。
荒川選手にしても、村主選手にしても、安藤選手にしても。
だったらぼくがその場で新しく視点を提示するよりも、やっぱり、まずは、観てもらう。
今日はどうなのか、という部分をしっかり伝えようと思ってコメントは最小限におさえました。


逆に、ぼくがもうひとつフィギュアの実況を担当したのは、ペアだったんですけど、ペアは逆に日本ではほとんど報道されていなかったのでいつもよりちょっと多くしゃべったんです。
多めにコメントしたというか、くわしく説明したというか」

永田 「あの、エキシビションって、ふだんの照明じゃなくて、会場が暗くて、選手がスポットライトで照らされてますよね。
そこで、五十嵐さんがまず、「こういうスポットライトの中で跳ぶのは、 たいへんむずかしいことなんですよ」ということを言うと、刈屋さんが「ああ! そうなんですか」と返す。
すると五十嵐さんが「ふだん何度も何度も 練習しているからこそ跳べるんです」と。
それを聞いて、刈屋さんが「なるほどー」と相づちを打つ。
メールの報告では、こういうやり取りを、おふたりは、エキシビションがあるたびに毎回やってくれるんですよ、というものでして」
刈屋  「あははははは!」
永田  「それはすごく素敵なことだなあと思ったんですよ。
やっぱりエキシビションって、フィギュアファン以外ははじめて観る人が多いわけですよね。
そのときに、それを初めて聞いたかのようにいちばんわかりやすいやりとりで説明してくれる。
それをおふたりが阿吽の呼吸でやってらっしゃるというのがいいなあと思って」

永田  「あの、フィギュアの中継のときなんかは、たとえば刈屋さんが「これは2回転ですよね?」と佐藤さんに質問するときは刈屋さんは、ほんとうはわかっているんだろうなという感じがあるんですけど‥‥。
刈屋  「カーリングは「どっちですか?」って本気で聞いてました(笑)」
永田  「そんな感じでしたよね(笑)
観るほうとしては、そのあたりに妙な感情移入ができるんですよね。
「これは‥‥ミスですよね?」と刈屋さんがちょっと不安げに確認するのが。
刈屋  「そうそう(笑)「これは、狙ってるんです‥‥か?」みたいなね。
で、「いやいや、ミスですよ」と言われて「ああ、そうですよね!」みたいなね(笑)」


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