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甲本ヒロトの受け身

タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』が発売して、1ヶ月以上が経ちました。その間、『王様のブランチ』のベストセラーランキングに2冊同時にランクインし紹介していただいたり、様々な雑誌などに紹介していただいたりしたおかげもあって、『タモリ学』が2度増刷されたり、ツイッターやブログなどでありがたい感想をたくさんいただいております。
引き続き、まだまだ手にとられていただいてない方もいらっしゃると思いますのでよろしくお願いします!


今、振り返ってみると、僕が書き手として大きな分岐点だったのは『splash!!』に参加できたことだと思います。

第2号からコラムを書かせていただき、その後、『splash!!』には毎号参加させてもらっているうちに、別の媒体にも仕事が広がっていきました。その結果、上記2冊の刊行につながったのだと思います。
splash!!』に書かせてもらったきっかけは、創刊号の甲本ヒロトのインタビューを引用した記事「受け手としての甲本ヒロト」でした。

splash!! vol.1
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その後、甲本ヒロトは2010年に『Gスピリッツ SPECIAL EDITION Vol.1 アントニオ猪木』、2012年に『KAMINOGE vol.1』、2013年に『KAMINOGE vol.14』という普段音楽ファンが手に取らないであろうプロレス系の書籍でインタビューを受けています。(聞き手はすべて井上崇宏)
splash!!』のことを思い出しているうちに手元にあったそれらのインタビューを読み返したら、いずれも数年前のインタビューながらまったく色褪せない名言連発なので今更だけど紹介します。

アントニオ猪木のリアリティ

甲本ヒロトのプロレス好きは有名だ。中でも「アントニオ猪木」の存在はやはり特別なのだという。

猪木さんが何かをやった時、俺たちは何もやってないのに「ざまあみろ!」って思う感じ。こっちはただ観てるだけなのに、スカッとする感じ。これはロックンロールもそうなんだ

というようにヒロトのプロレス観は彼の根幹をなすロックンロール観にもつながっている。
ヒロトのプロレスとの出会いは小学校低学年の頃だった。
当時は銭湯通い。その銭湯の壁に、映画や催し物のポスターが貼ってあった。『ゴジラ』や『ガメラ』のポスターに混じってプロレスのポスターが貼ってあったのだ。

とにかく何か非常にイビツなんですよね、そのポスターから発散されているものが。いかがわしいというか、非常に心をくすぐられるものがあって。だから、最初見た時に「カッコいい!」とは思わなかった。「何じゃ、こりゃ?」って感じ。「何かヘンテコな感じだな。これは凄く観たい」っていうのが最初かな。

そのポスターがきっかけとなりテレビで放送されていたプロレスを見るようになった。
ポスターを見て「これはスポーツじゃない」と直感が働いたヒロトは最初から「プロレス」=「ファンタジー」として観ていた。だから、大人たちが「八百長」だなんだと言っているのを「野暮だなあ」と思っていた。

でもさ、アントニオ猪木は本物に見えるんだよ(笑)。
         (略)
“リアル”ではなくて“究極のファンタジー”ということなんですよ。観る者に「これはファンタジーじゃないか?」という余裕すら与えない、否応なしに信じ込ませる超ファンタジーなんだよね。もう完全に引きずり込まれたよ。

ヒロトのファンならピンと来るだろう。「究極のファンタジー」とは「リアリティ」と同義だ。

そうです、リアリティーです。“リアル”より“リアリティー”だ。それってリアルじゃなくてもリアルなんだよね。

ご存じない方のために補足すると「リアルよりリアリティー」というのはTHE HIGH-LOWSの名曲「十四才」に出てくる印象的なフレーズである(参考)。

「猪木さんのどこに燃えるんですか?」って聞かれてもわからないんだよな。「何となく」なんだよ。あの人が持っている雰囲気とか存在感、顔つきとか声だったり。理屈じゃないんだよね。だから、マネをしようとしてもダメだよ。猪木さんに姿形がそっくりな人が、猪木さんにそっくりな動きをみても、あんなに燃えないよ。見た目じゃない…わかんないけど、雰囲気だな。

元々、ヒロトにとって「スポーツは敵」だった。それは運動音痴だったからだ。

自分の中にいろいろな言い訳があるんじゃないかな。人間って、自分を肯定したいがために自分のできないことを否定する動きって必ずあるじゃない(笑)。(略)間違ってることをバンバン言って、最後は「俺を認めろ!」って声を荒げちゃうみたいな話になってくるから(笑)。

スポーツを見ていると「凄いなあ。頑張ってるなあ。立派だなあ」と観ているうちに「しょげて」しまう、という。けれどプロレスにはなぜかのめり込んでしまった。

プロレスを観てると、何か許される感じがするからかな? 「いいんだよ、オメエ。オメエはそれでいいんだよ」って言われているような。

ここまでのヒロトの言葉を、「プロレス」を「ロック」に、「猪木」を「ヒロト」に言い換えてもそのまま意味が通じるはずだ。あるいは、それぞれをもっと別な自分が好きなジャンルや人に変えてもきっと同じだろう。それくらいヒロトの受け手としての言葉は強く本質を突いている。
プロレスにはひとつの命題がある。それが「一番強いのは誰だ?」というものだ。ヒロトはその質問には必ずこう答えるという。

「知らねえよ。俺、誰が強いかなんて興味ねんもん。だけど、一番美しいのは猪木だぜ

※以上、引用はすべて『Gスピリッツ SPECIAL EDITION Vol.1 アントニオ猪木 』より

ロックンロールは人類最大の犯罪

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人間、生きていればさ、みんなイライラするんだよ。僕は…中学1年生ぐらいに自我が目覚め始めた頃の、自分の心の中の風景、「ぶっ殺してやる、全員」。それですよ。
「お父さん、殺す。お母さん、殺す。友だち、殺す。学校、燃やす」って思ってた。「全部壊れちゃえばいいんだ。俺もついでに死んじゃう」って。(注1)

中学時代、ヒロトは言いようのない“怒り”でいつも苛立っていた。

でも普通にこれは危険な思想でもなんでもなく、子どもはたいてい考えるものなんです。で、「そのイライラを解消するために、行動しないでくれ」って(『真夜中』のコラムで)書いた。「むしゃくしゃするから殴った」とか「むしゃくしゃするから壊した」とか、傷つけちゃうとか自分が死んじゃうとか、そのイライラをガマンしろと。そこにロックンロールが降りてくる。いや、そこにしか降りてこない。溜まりに溜まったところに降りてくるから、待ってろ。そんなさあ、チョロチョロ、チョロチョロ小出しにしてたらさあ、本当に大切なものはやって来ないんだよ。いまでもイライラしたり、ムシャクシャしたりするけど、我慢する。我慢するしかないんだ。(注3)

その言葉通り、「十四才」で歌っているように少年時代にラジオからロックンロールが降りてきて人生が変わったヒロト
だが“怒り”は消えなかった。「戦争反対」「原発反対」とか何か具体的な対象があるわけではない。

(怒りの)理由はないんだよ。でも、そんなの俺だけじゃない、みんな思ってるよ。そんなのは当たり前のこと。それは何かに対して怒るというよりも遥かに爆発力があるんだよね。
         (略)
今も僕の中にある。自分の中にそういう感情があるっていうのは、いつも知ってる。だけどみんなね、そんな自分のわけのわからない苛立ちに理由をつけたいから、そういう気持ちを正当化したいがために、「戦争反対!」とか言うんだよ、若者とかはさ。違うんだよ。「お前はただイライラしているだけなんだよ。それに早く気付けよ」って。確かに自分が正しいことを述べることの興奮もあるしさ、ヒロイズムもあるしさ、それに繋げていくために、「社会に物申す」とかさ。でも、それって怒りを肯定化したいだけなんだよ。違うんだよ。何にもなくったって怒ってんだよ。(注1)

怒りを安易に社会的正しさに繋げず、音楽に変換したのがヒロトのロックンロールだ。

僕はロックンロールは人類最大の犯罪だと思うよ。それは戦争以上だと思う。ロックンロールを核爆弾以上の犯罪だと思ってやってるよ、悪いけど(笑)。
そういう心意気でロックンロールをやってるってことです。世の中のために何かいいことをしよう、正しいことをしよう、そしてみんなを元気にしよう、楽しくさせようなんていう気持ちはいっさいないんだよ。「ぶっ壊してやる」って感じなんだよ、いまだに。で、そのぶっ壊しかたっていうのはさ、「核弾頭なんて屁だよ、ロックンロールの破壊力は」っていう。そういう心意気。 (略) だからそれ以外は興味がないんだ。世界をぶっ壊すこと以外(笑)。(注2)

よくその「ロックンロールでお金持ちになりたい」とか「ロックンロールで有名になりたい」とか「ロックンロールで褒められたい」とか言ってる人たちの気持ちが分からないとヒロトは言う。

僕は唄うこと、ステージでワーッと暴れてやることでわりと完結をしてるんだよ。僕はもう楽しみをそこから全部もらっているから、自分の分け前をすべて手に入れているんですよ。その先にあるのは全部おまけなんだ。(注2)

ヒロトは「マニア」に向けて音楽をやりたくはない、という。「どこにも向けてない」というのが正確なのだという。
「嗜好がハッキリ説明できる」マニア層にではなく、ライブを観に来て、「カッコいい!」「どこが?」「……さあ?」と言われたいという。

だから、それを見て「楽しいね」と思ってもらえたらうれしいし、「ああ、面白い」ってゲラゲラ笑ってくれてかまわないし。そういうことだよ。人前に出るからには、どんなにからかわれかたをされようが、揚げ足を取られようが、みんなの自由です。たいして褒められたいとも思わないし、笑ってくれりゃあ本望だよ。(注2)

知りたくないんだ、もう、なんにも

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ロックンロールって1人で聴くもんだと思うんです。ライブとかも、さっき「現象の中に身を投じる」って言ったけれども、でも1人なんだ。群衆の中に1人なの。ライブを観るときは「バンド対自分」で、「みんなで観てる」っていう感覚はいっさいない。だからよく言う一体感とか、ちっともボクは求めてないんだ、ライブ会場には。
「俺だけ!」みたいな。そんでレコード聴くときとかもやっぱ1人でさ。周りに誰かいたとしても、「自分対その音」で。ボクはね、そうなんです。そういう意味でね、ある日、1人で聴いてるもんで、泣いたりもするんです。誰も見ていない状況で嗚咽をあげたりするんです。それがボクのレコード鑑賞。(注3)

日本有数のロックンローラーであるヒロトは「趣味・レコード鑑賞」を強調する。

やっぱ死ぬまでリスナーだな。だからロックンロールっていう言葉を使ってるけども、これはエンターテイメント全般に言えることだと思う。それに対して僕はどこまで行っても受け身なんだ。レコードを聴くことによって本当に楽しいし、ほかからは得られない楽しみなんだよね。そこには映画もあるし、なんだってそうなの。そんで、僕は演奏することで人を楽しませるというよりも、演奏をすることで僕は受け身なんだよ。楽しみをもらってるの。だから、どこまで行ってもそれは受け身だなあ。うん。僕は「受ける人」ですよ、死ぬまで。(注2)

ヒロトは受け手であることにこだわっている。(参考
ヒロトが好きなのはロックンロールだけではない。前述のプロレスもそうだが、立川談志も大好き(参考)で落語家にもなりたかったというほど、お笑いも大好きだ。

あの人たち(お笑い芸人)は侍だよ。ギャグとかネタとかじゃないんだよな、「面白い人」なんだよね。(注2)

ヒロトはいつだって「情報」ではなく「興奮」を欲している。

結局はね、情報はすべて伝わるんです。で、最近「さて、ボクらは情報が欲しかったんだろうか?」って思う。「ボク、何かが知りたかったんだろうか?」って思うんだ。知りたかったのかなあ? でも、確かに「知る」という楽しみはあるじゃない? ものを知っていくっていうエンターテイメント。「勉強して賢くなって楽しい」とかさ。そういう知識を満たす楽しみっていうのも確かに楽しみのひとつではあるんだけども、もっとダイレクトに楽しみたいんだよ。だから、見終わったあとに一歩も前に進んでなかったりとか、ちっとも賢くなってなくていいから、おもしろい本を読みたいし、なんの知識にも、知恵にもならない……あ、知恵にはなるかもしれないな。なんの知識にもならない娯楽が減ってるような気もする。
         (略)
「娯楽」と「情報」って違う。いまはテレビを作る人たちもさ、「娯楽を流しているのか、情報を流しているのか」ってことをもっと意識して欲しいなと思うときがある。最近のバラエティ番組っていうものを観ていると、あれ、情報番組なんですよ。知りたくないんだ、もう、なんにも。(注3)


<引用>
注1『Gスピリッツ SPECIAL EDITION Vol.1 アントニオ猪木
注2『KAMINOGE [かみのげ] vol.1
注3『KAMINOGE [かみのげ] vol.14