テレビのヒエラルキーと芸人の“本音”

有吉弘行について水道橋博士は『splash!!(Vol.4)』のマキタスポーツとの対談の中で以下のように評している。

博士: あれだけ「毒舌芸」が成立してるのはたけしさん以来じゃない? でも、たけしさんは「最底辺のところから時代のヒエラルキーを変えていく」という毒舌で出ていって、「対世間」でやり続けて、自分で「空気」を作っていったけど、有吉君は全然違うね。有吉君は「地獄を見た」という形付けはあるから、何言ってもいいオプションはあると思うけど、たけしさんは「メディアの構造」を変えて、一回更地に変えるぐらいの勢いで時代そのものを作り替えたけど、有吉君は「番組の構造」を一回更地にする番組側の技術者なのよ。
俺は、有吉君が時間内で建物の構築する部分を綺麗に解体していくのが面白いのよ。全員が空気を読みながら番組作りをしようとするところへ、有吉君は逆の方向でその番組の部品を一個一個外していって、その横に全く違う形のものを建てるじゃない。(略)でもそれは壊しているんじゃなくて制作者の発注通りなのよ。それを有吉君は精密にできる。熟練の宮大工みたいに。それは制作者の空気が読めてる。

7月18日に放送された『怒り新党』では「バラエティー番組の見方を指摘する人に腹が立ちます」という16歳男性からの「怒りメール」からの話題で、マツコは有吉への世間の評価について言及した。

マツコ: 今、有吉さんってどうなの? だってあなた全世代的に今、「神」に近づきつつあるわけでしょ?
有吉: 全然よ!全然!(苦笑)
マツコ: いやいや! 何を謙遜されてるんですか! 今やあんた、「有吉さんを好き」ってたぶん、ちょっと前までだったら、「お? あいつなんかちょっといいトコついてくんなぁ」みたいなさ、空気感があったと思うのよ。でも、今もはや、本人は一切変化はないですが、周りの見る目が変化が起きてしまった、あなたというのはその玄人ぶっている人から見たら今なんなんだろうね?
               (略)
有吉: だからまあ、昔から見てる人でこういう風な難しいこと言う人に言わせればぁ、僕らなんかは、「丸くなった」「ひよった」……(笑)。
マツコ: あぁ、「魂を売った」「金に目がくらんだ」!
有吉: 「保身」!(笑)
マツコ: ハーハッハッハ!
有吉: そういう事を言うのがカッコいいと思ってるのよ、やっぱり。
マツコ: でもさあ、やっぱり、真っ当に生きていたら、ある日必ずひよったり、保身に走ったり、金に目がくらんだりしないといけない瞬間が出てくるんだよー。それを避け続けようって思ったら、それってもう、「アウトロー」になるしかないんだよね!
有吉: うん。
マツコ: それが世の中だからさぁ…。芸人さんっていうのはそこがまた難しくて、「アウトローであってこそ芸人!」っていう、脈々とその部分があるわけじゃない。でも、もはや今テレビのさ、メディアっていうのは、もう芸人さんがメインストリーム*1なわけじゃない? その時点で、そこの部分の芸人さんではもはや誰もないわけよ!

ここでいう「アウトローであってこそ芸人」を体現した最後の芸人はビートたけしであろう。また一方で、テレビの中のヒエラルキーで「芸人をメインストリーム」に押し上げたのもまたビートたけしである。

太田光が読む空気

splash!!(Vol.4)』のインタビューで太田光はテレビとたけしについても語っている。

太田: 建前論でやっているのがテレビだとすると、たけしさんがそれをひっくり返して本音を言ったってことになってるけど、でもそれすら実は嘘だったんだよね。本音なんかじゃないんです。本当の真実なんかは、たけしさんだって言ってないんですよ。テレビで許される真実を言ってるだけだから。それは何をやっているかっていうと、自分の表現をうまくごまかして、万人にわかるように伝えてるんです。

テレビタレントはみんなそういう道を探っているのだと太田は言う。
前出の対談の中で博士は太田についても分析している。

博士: 太田君はそれ(言い方をズラして空気自体を変える)ができるんだよね。常に少数派にシフトしていくでしょ。「政治を大真面目に語る無粋な芸人」とか「空気を読めない芸人」とかね。そっちのほうがカウンターだってことに敏感なの。(略)それでも欺くのがお笑いなんだっていうのは、まさに「たけしイズム」だよね。「場」を俺のものにしてしまえば他人は関係ないっていう。リスクはあるし、あれができる人が今、他にいるのかな、って。(略)番組より自分の存在のほうが大きいってことだから。(『splash!!(Vol.4)』より)

またマキタスポーツボキャブラブーム時代に『広告批評』で太田光がされたインタビューの発言が印象深かったと語っている。

マキタ: 太田さんが「海砂利(水魚=くりぃむしちゅー)やフォークダンス(DE 成子坂)はまだテレビで面白いことを言おうとしている」って(インタビューに答えていた)。その時は面白いことを言うのが芸人でしょ、と思ったんですけど、その後太田さんは頭一つ抜けたメディア人になっていくんですね。かつて僕が幻想を持ってて「常に面白いことを言い続ける人」だったのが、どんどんつまらないことを言い続けるんですよ。全然推敲した言葉でも、切れ味のいいシャープな言葉でもなくて、すっとぼけた、ベタな、つまらないダジャレを言うんでうよ。「やめてよ、俺の好きな太田さん」と思ったんですけど、つまらないことを言えば言うほど、太田さんとか爆笑問題の地位が上がっていくんですね。(略)だから、太田さんはボケマシーン、僕は「ボケフェアリー(妖精)」って言ってますけど、何を言っても許される存在になっていったんですね。生々しさがなくなってアイコン化されて。メディアに自分が消費されていく時のポジション取りとかシフトチェンジが上手だったと思うし。でも時々、内面がドロっと出ちゃう瞬間があるんですけど、それは場を制した後なんでその色っぽさとか。
                    (略)
「言いたいことは言いたい」っていう快楽主義者ぶりですよね。「欲望が強いなこの人!」って(笑)。

太田は「博士も純粋だと思うんだよね。俺は博士よりいやらしいから、おそらくね。博士のほうが無垢ですよ」(『EX大衆(2012年8月号)』*2より)という水道橋博士評や先に引用したたけし観を挟みながら持論を展開している。

太田: たまに思うのは視聴者っていうのはどんだけ純粋なんだろうって。本当のことなんかテレビであるわけないじゃん。それはスポンサーもあって事務所の力関係もあってそういう政治の中で起きていることでしかないんだから。俺がなんか言うことだってそんなの許される範囲であって、俺だってそこまでバカじゃないから。トラブルになるだろうけど生き残れるだろうっていうことを言ってるだけであってね。本当にやばいことは言ってないですよ。
                    (略)
おそらく密室の笑いに価値を見いだしてる人はまだ信じてるんだよね、そうじゃないことができるって。でも俺はおそらくそれはできないだろうと思ってるの。(略)俺が信じてるのは、信じてるって言ったら大げさだけど、それでもやっぱり面白いことができるなって思うのは、「これはいけません、あれはいけません」っていう基準の中でも、さっき言ったようにテーマをちょっとずらすだけでテレビに乗せられる笑いにできるんだっていうこと。(略)茶化すことは放送にできることなんだよね.。放射能は放送できないけどウンコにすれば放送できる。その程度の違いでいくらでも自由にできるんですよ。だから俺は万人が見られる状況の中でそれをやりたい。(『splash!!(Vol.4)』より)

有吉弘行の本音

有吉弘行は自著『毒舌訳 哲学者の言葉』でエマーソンの「ひとりでいるときは誰でも心に嘘はつかない/そこにもうひとりが加わると偽善が始まる/相手が近づこうとするのを、お世辞と世間話と娯楽といったもので受け流す/自分の本当の心を十重二十重におおい隠す」という言葉に対し「本音なんて、本音っぽく思われそうなことを探して、本音っぽく伝えてるだけ」と返す。

自分で一番情けないと思うところは、本音を言わないところ。
きっとあるんですよね。僕にも本音が。
でも言わないです。言っちゃうと、全部が終わっちゃいそうというか、見透かされちゃうと終わりな感じがして。
                   (略)
たぶん本当の本音が安っぽすぎたり、薄っぺらすぎたりするから。それ言ったときに、「それ、本音じゃないよね」って言われるのも怖いんで。「いや、これ本音なんだけど…」と思っても、相手からすると、あまりに薄っぺらすぎて本音に思えないっていう。
「これ、本音に見えるだろうな」とか、「本音だと思って聞いてもらえるだろうな」っていうことを探して、本音っぽく伝えてるだけ。
だから僕が言ってることは、「常に本音じゃない」と思ってくれればいいんです。
僕の本音なんか知ったところで、すぐ穴が空いちゃうような本音しかないんで。

8月7日に放送された『ロンドンハーツ』では一年ぶりに「有吉先生のタレント進路相談」が行われた。その中で、有吉弘行は、アイドルグループ「アイドリング!!!」からバラエティー番組へ進出してきた菊地亜美と対峙し「ちょっと全般的な話をしていいですか?」とこれは菊地に対してだけではない、と前置きした上でこう言い放った。

有吉: 最初そもそもアイドルを目指して入ってきたわけですよね?
それでアイドルの夢はもう捨てたんですか?
アイドルでトップになるっていう夢は?
(菊地が「段々現実が見えてきて無理かな……」と答える)
だったら、バラエティーでがんばろう、と。
あのー、バラエティーっていうのはアイドルの受け皿じゃないんですよ。
なんか、僕達芸人は最初からバラエティーをやりたくて、やりたくて仕方なくてこの世界に入ってきてるんですよ。
そしてもう、逃げ道は僕らにはないんですよ。
あなたたちはアイドルになりたいって入ってきて、アイドルでダメだからじゃあ、バラエティーでいっかってナメた口利くんだけど、気に食わねえんだ、俺!

果たしてこれは有吉の本音なのか、あるいは“本音っぽい”言葉なのだろうか。

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*1:「芸人がメインストリーム」というのは1月18日に放送された『怒り新党』でもマツコは「芸人さんが(テレビ界の)ヒエラルキーのトップになってきてるのは確実よ」「今やテレビは芸人さんが動かしている」などと語っている。

*2:splash!!』発売記念として太田光のインタビューが再編集されてカットされた部分も含め一部掲載された。